【#61】地下7階・第三話:融合の儀式
「……ようやく来たか、蓮」
広間の奥、祭壇の前に立つ男がゆっくりと振り返る。マーカス・レインズ。かつて国家防衛特務局——NDSBで俺の直属の上官だった男。だが今は、エルゴスの一員として、明確に俺たちの前に立ちはだかっている。
「ここにいたのか……マーカス。俺の抹殺よりも優先すべきことがここにあるのか?」
「そういうことだ」
「何の目的でこんな場所に……」
マーカスは静かに微笑み、背後の祭壇へと手を向けた。
その祭壇は、緻密な魔術回路で構成され、赤黒い光を脈打たせている。まるで生きているかのように。
「蓮、君はまだ気づいていないのか。地上とダンジョンを融合させるため、私はここにいる」
「……なに?」
「この場所は、地上と深層をつなぐ“楔”の一つだ。ここから行われる儀式は、すでに外部のダンジョンと連動している。今この瞬間にも、世界は“融合”に向かって変質を始めているのだ」
その言葉と同時に、空間に浮かぶ無数の半透明のパネルに火が灯る。映し出されたのは——地上。だがその光景は異様だった。
都市がひしゃげ、裂け、黒い根のようなダンジョンの構造体が地表を侵食している。空は歪み、空間に穴が開いていた。人々が逃げ惑う様子すら、どこか現実味を帯びていなかった。
「……お前がやったのか。地上を……こんな……!」
「いいや、私だけではない。これは人類の“進化”だ、蓮。エルゴスは単なる敵ではない。未来そのものだ」
俺は、拳を強く握った。
マーカスが何を語ろうと、今ここで止めなければ、地上は——人類は本当に終わる。
「“融合”はすでに、始まっている。ここだけではない。他の“門”でも同様に、儀式は進行中だ」
「お前はNDSBの幹部として、国を守る立場の人間だったはずだ。それが何故、こんな真似を……!」
「守る? 違うな。私たちは“繋げる”役目だったのだよ、蓮。地上と深淵を。人間と異形を。かつて誰も成し得なかった、真なる融合を」
彼の足元に浮かぶ魔法陣が淡く光を放ち、祭壇の周囲の空間が脈動する。
石造りの床にびっしりと刻まれた幾何学的な紋様が血のような赤に染まり、魔力が空間を歪ませていくのがわかった。
「蓮、あの儀式を止めなければ」
「ああ、わかってるさ、ミスティ。だが——」
周囲に、気配がある。
見えざる敵、もしくはマーカスの仲間か、あるいは魔物か——儀式の“守護者”たちだ。
マーカスは一歩、祭壇の上に進み出た。
「お前は優秀だった、蓮。Sランクの覚醒者でありながら、エルゴスの因子に完全適応。まさに理想的な実験体だった。だが、契約してしまった……ミスティという、“異物”と」
マーカスのその声には、怒りと悔しさが滲んでいた。
だが俺は目を逸らさずに言い返す。
「だから、お前はずっと俺たちを“監視”していたんだな。ミスティを“切り離す”ために……」
マーカスは無言で、淡く笑った。それが肯定の印だと、俺は悟った。
儀式は止まらない。魔法陣の輝きがさらに強くなり、天井の岩壁にまで亀裂が走る。
血の池が騒ぎ、魔物が再びその表層から姿を現しつつあった。
——俺は、剣を構えた。
「……行くぞ、マーカス。お前たちの計画など、俺が全て破壊する」




