【#60】地下7階・第二話:血の池を越えて
崩れる足場の上、血の池の熱気と鉄錆びの臭いが肌に纏わりつく。俺は足場を飛び移りながら、背後を一瞥した。
追跡者は魔力で作り出した黒い足場を悠々と歩き、一定の距離を保ちつつ俺を追ってくる。俺の足場が消えようが関係ないというわけか。
こっちは常に移動し続けなきゃならねぇのに、あっちは悠々と狙いをつけてくる。これじゃ戦いにならない。
そして悪いことに——
「グオオオオ……」
血の池から、不気味な呻き声が響いた。
赤黒い粘液が盛り上がり、そこから人型の影が浮かび上がる。皮膚が剥がれ落ちたような骸骨じみた顔。どろどろとした血に覆われた四肢。
——魔物か。
「ミスティ、来るぞ」
「了解」
魔物が跳ね上がる瞬間に、斬撃を放つ。
爆ぜる血飛沫。その影から追跡者がすり抜けてくる。
俺は追跡者に斬りつけた。しかし、手応えがあっても、相手はすぐに再生する。
刃を突き立て、胴を貫き、腕を切断しても——追跡者は動じない。
「蓮。この追跡者の再生速度、以前とは違う」
「ああ、わかっているさ。だが、それでも……!」
魔物の咆哮。足元の血がうねる。
俺の足場が沈みかけた瞬間、追跡者が飛び込んでくる。反応は一瞬。ミスティを構えて受け止めた。
ギリギリと刃が軋み、視界が赤く染まる。
……それでも——
「お前一人じゃ、俺は殺せない」
「ほう?」
「そして、この程度の魔物など、数のうちに入らない」
俺は魔物の頭上に跳躍し、追跡者を巻き込んでミスティを振り下ろす。
血の池ごと裂けるような一閃。そこから放たれたミスティの深紅の衝撃波が、魔物を貫き、追跡者を不安定な足場へと叩き落す。
岩場が崩れ、追跡者が微かに呻いた。
「終わりだ」
刃が閃き、追跡者は血の海に飲み込まれた。再生の兆しは、今は見えない。
残った魔物も一掃し、俺は濡れた足場を渡って、ようやく揺らぐことのない広間の縁に足をかけた。
目の前に現れたのは——石造りの祭壇。
その中央に立つ、黒いコートの男。
「マーカス・レインズ……」
地下9階で見失った、かつての上官。地上の正義を語り、俺たちに命令を下していた男が、今や血の池を背にして、エルゴスの中枢に立っていた。
「ようやく来たか、蓮」
彼は振り返り、冷ややかな笑みを浮かべた。