【#5】地下19階・第一話:追跡者
階段を上りきった先に広がっていたのは、どこまでも続く暗闇の回廊だった。
壁の材質は20階と同じ黒曜石のような石だが、微かに違和感がある。足を踏み出すと、靴底に伝わる圧が変化した。
——重量が違う?
俺は慎重にもう一歩進む。今度は逆に、まるで重力が弱くなったかのように体が軽くなった。さらに別の場所に足を置くと、一気に足が沈み込み、身体が鉛のように重くなった。
「……なるほどな」
ダンジョンのギミックか。エリアごとに重量が異なる——つまり、地形を利用すれば敵を封じ込めたり、一方的に攻撃することも可能というわけだ。
「蓮、後ろに敵がいるわ」
ミスティの声が響く。同時に、背後の階段から何かが這い出てくる気配がした。
振り向いた俺の視界に映ったのは、自分自身だった。
追跡者——エルゴスの刺客。
癖のある茶髪、無精ひげ、精悍な顔つき——すべてが俺と同じだった。ただ、一つだけ違うのは、焦点の合わない空虚な双眸。
まるで、“俺”の抜け殻のようだ。
奴は、俺の動きを完全に模倣しながら、静かにこちらへと歩を進める。
「……出たか」
ダンジョン内でエルゴスの意に反することをすると現れるという『追跡者』。俺の容姿・能力をコピーし、ひたすら抹殺しようとする不死身の敵。
俺はミスティを構え、奴の出方を窺う。
「……どこまで模倣できるのか、試してみるか」
俺はわざと重量の変わる地形へと足を踏み入れた。次の瞬間、体がふわりと軽くなり、軽快な動きが可能になった。一方、追跡者も同じように足を踏み入れる——が、その直後、奴の動きが鈍る。
——さてはハズレのエリアに乗ったな。
見た目では分かりにくいが、このダンジョンは一定の法則で重力を操っている。俺が軽くなるエリアは、逆に奴にとっては動きが鈍くなる仕組みになっているらしい。
「チャンスだな」
俺は一気に距離を詰め、ミスティを振り下ろした。剣閃が追跡者の胸を裂き、黒い霧のような血が舞う。
だが、奴は表情ひとつ変えず、裂けた傷口がゆっくりと再生していく。
「……不死身というわけか」
「でも、回復には時間がかかるようね」
ミスティの淡々とした声が響く。確かに、完全回復するまでには多少の猶予がある。だったら、その隙にこの階を突破するしかない。
俺は剣を構え直し、奥へと駆け出した。
この階を抜けるまで、時間との戦いになる。