【#55】地下8階・第一話:増殖するもの
地下9階の死神の掃討を切り抜け、エルゴスの紋章の光る階段を昇り、俺は次の階へと足を踏み入れた。
湿った空気が肌にまとわりつく。視界の先には、広大な空間が広がっていた。マーカス・レインズの姿はない。しかし──代わりに、それがいた。
「……これはまた、厄介そうなヤツが出てきたな」
視界の中央、巨大な肉塊のようなモンスターが蠢いていた。
全身は漆黒の粘液に覆われており、無数の眼球がこちらを睨んでいる。
腕のようなものが四本……いや、無理にまとめる必要はないか。
こいつは”形”なんて概念を持たない。“増殖する塊”だ。
──ダメージを受けると分裂するモンスター。
「蓮。この魔物は下手に斬りつけると倍に増えます」
「おいおい、面倒なヤツだな……」
とはいえ、丸腰になるわけにはいかない。
俺はミスティを構える。
魔物の巨体が揺れたかと思うと、一瞬で間合いを詰めてきた。
その巨腕が振り下ろされる。
俺は咄嗟に横へ跳ぶ。
轟音と共に地面が陥没し、粉砕された岩片が飛び散った。
──速度もある。厄介だ。
しかし、やられるわけにはいかない。
俺は反撃の機会を狙い、足を踏み込む。
「……!」
剣を横薙ぎに振る。
刃は深々と肉塊に食い込み、粘液を撒き散らした。
が、その瞬間、斬られた部分が膨れ上がる。
──分裂する。
みるみるうちに斬り離された肉塊が成長し、もう一体の同じ怪物へと変わった。
元のサイズこそ少し小さいが、明らかに同じ性質を持っている。
「なんてヤツだ……」
気配を探ると、二体目も一体目と同じ攻撃速度を持っている。
これが続けば、あっという間に”数の暴力”で押しつぶされる。
単純に切るだけでは埒が明かない。
……となれば、別の手を考えるしかないな。
「……ミスティ」
俺は呼びかける。
ミスティの刃がわずかに共鳴するように振動した。
「分裂を防ぐ手段は、あるか?」
「……“焼き尽くせば”、増えない」
即答だった。
焼き尽くす──つまり、完全に”死”を与えれば、再生も分裂もしない。
「……なら、試してみるか」
俺はミスティの力を引き出し、剣を掲げる。
黒炎が刃に灯る。
「──行くぞ」
地面を蹴り、俺は怪物に向かって突進した。