【#54】地下9階・第七話:安全な場所
──死の気配が広がる。
空気が重く沈み込み、まるで視界ごと押し潰されそうな圧迫感が襲いかかる。
俺は駆け出しながら、安全な魔法陣を探した。
……だが、間に合わない。
背後で、エルゴスの戦闘員たちの悲鳴が上がる。
次の瞬間、“それ”が降り注いだ。
見えない何かが、空間を削り取るように走る。
「……!」
背後で肉が裂け、骨が砕ける音が響いた。
戦闘員たちは次々に崩れ落ち、そのまま塵と化して消えていく。
即死。まさに”掃討”の名にふさわしい攻撃。
──俺も、ここで終わるのか?
ふと、喉元に揺れる冷たい感触に気付いた。
……シエナのペンダント。
地下15階で拾った、あのペンダント。
蓮の首にかかっている──それが、かすかに光を帯びていた。
このペンダントには、魔術防御の効果があったはずだ。
「……そうか」
間に合わないなら、俺自身を”安全な場所”にするしかない。
俺はペンダントを強く握りしめる。
──瞬間、周囲に蒼白い障壁が展開した。
轟音が鳴り響く。
死神の掃討が、俺の周囲を”避けた”。
「……効いたか」
障壁の中にいる限り、俺はこの攻撃の影響を受けない。
──そして、その外にいる者たちは全て……。
静寂。
消えかけの霧が揺らぎ、血の匂いだけが残る。
数秒前まで戦っていた戦闘員たちは、誰一人として残っていなかった。
黒い灰のようなものが、かすかに地面に積もっているだけだ。
「……終わったのか」
俺は障壁を解き、ゆっくりと辺りを見渡す。
戦闘員たちの死を確認する。
……だが、マーカスの姿がない。
「……逃げたのか?」
戦闘の混乱の最中、いつの間にか気配を消していた。
死神の掃討を無効化するアイテムを持っていたのなら、生き延びた可能性は高い。
「……まあ、どこかでまた会うことになるだろうな」
俺は短く息を吐き、ペンダントを元の位置に戻す。
命拾いしたが、ここで止まっているわけにはいかない。
階段へと向かう。
地上への道は、まだ遠い。




