【#47】地下10階・第六話:失われていないもの
エルゴスの戦闘員たちが一斉に襲いかかる。
魔物と融合した彼らは、一見すると人間の姿をしているが、戦闘時には異形の本性を剥き出しにする。長く伸びた腕、肥大化した筋肉、異常に発達した視覚器官──それぞれが最適化された形態に変異しながら、俺を取り囲む。
「囲め! 逃がすな!」
マーカス・レインズが命じると、戦闘員たちは一斉に動き出した。
俺は冷静に剣を構え、戦況を見極める。
──この状況、どう見る?
ミスティの声は発さないが、剣を握る手の感触が僅かに強まる。俺の考えを察したのだろう。
「……やるしかない」
バッ──
一歩踏み込み、目の前の戦闘員に剣を突き刺した。
鋼の皮膚を持つ異形の戦士は、一瞬驚愕の表情を見せたが、すぐに動きを止める。俺は剣を引き抜き、振り向きざまにもう一人の首を撥ねた。
戦闘員たちは躊躇うことなく襲いかかるが、俺の動きについてこれていない。
マーカスは薄く笑いながら腕を組み、余裕の表情を崩さない。
「なるほどな……戦闘能力は健在か」
「それを確認するためにこんな場所まで来たのか」
俺は視線を向けずに挑発し、次の敵を迎え撃った。
──覚醒者、あるいはダンジョン適応者。
そう呼ばれる存在は、特別な力を持つ。
覚醒者とは、ダンジョンの影響を受け入れ、特殊な能力を発現させた者たちの総称だ。彼らは通常の人間とは異なり、ダンジョン内での行動能力が大幅に向上する。
暗闇を見通す「闇視」、異常な身体能力の強化、魔物と対峙する際の直感的な戦闘適応──これらは全て、覚醒者だけが持つ特性だ。
しかし、その裏にはもう一つの真実があった。
覚醒者とは、エルゴスの実験体候補でもある。
エルゴスは覚醒者をランク付けし、適性の高い者を実験対象として選別していた。そして、その適性が最も高いのが「Sランク覚醒者」だ。俺もかつてはその一人だった。
だが、俺はミスティとの契約によって、その適性を失った。
覚醒者の適性を失うということは、エルゴスにとっては”不要な存在”になることを意味する。今の俺は、彼らにとって価値のない”脱落者”だ。だからこそ、処分対象となる。
「だがな……」
俺は剣を握り直し、目の前の戦闘員を一閃する。
「適性を失おうが、戦闘能力まで失ったわけじゃない」
戦闘員の体が崩れ落ち、血が床に広がる。
マーカスの笑みが深まる。
「なるほど、“元Sランク”でも、まだこれほどの力を……。興味深いな」
「何が興味深いもんか」
俺はマーカスを睨みつけながら、最後の戦闘員を斬り伏せた。
──全滅。
血の匂いが満ちるフロアに、静寂が戻る。
マーカスは依然として余裕の態度を崩さない。
「確かにお前は”不要”な存在だが……同時に、“危険”な存在でもある。エルゴスの手から逃れた”元Sランク”が、ここまでしぶとく生き残っているのだからな」
「さっさと引導を渡しに来いよ。お前のことだ、まだ何か仕込んでるんだろ?」
俺の挑発にも、マーカスは表情を変えなかった。ただ、口元を歪めるようにして言った。
「……ふむ。それについては、地下9階で続きをしようか」
その言葉と共に、彼は後退するように影の中へと消えていった。
俺は剣を下ろし、一度深く息をついた。
「蓮、大丈夫?」
ミスティの声が静かに響く。俺は黙って階段を見上げた。
──地下9階へ向かう。
マーカスの真意は分からないが、今の俺にはそれを確かめるしかない。




