【#44】地下10階・第三話:埋もれた記録
暗闇の中、鋼鉄の床にエージェントの死体が転がる。
「……片付いたか」
俺はミスティを振り払い、血のついた黒刃を清めた。
エルゴスのエージェント三名──武装は強化型のライフルと近接用の高周波ブレード。鍛えられた動きだったが、結局、俺を止めるには至らなかった。
「おい、ミスティ……さっきから何だ、その反応は」
俺の手の中で、ミスティが微かに震えていた。
彼女は通常、俺が意識的に力を込めない限り、ただの剣の形を保っている。しかし今は、まるで何かを感じ取っているかのように波打っていた。
「……ここに何かあるのか?」
呼びかけても、ミスティは答えない。ただ沈黙のまま、僅かに光を帯びた。
その光は──保管庫の奥へと導くかのようだった。
「……わかったよ」
ミスティを握り直し、俺は保管庫の奥へ進む。
この空間にはいくつもの記録が並んでいた。データ端末、紙の資料、ホログラム装置──どれもエルゴスの機密情報に違いない。
中でも、一つの端末にミスティの光が反応した。
「こいつか……」
俺は端末を手に取り、電源を入れる。
古びた装置だが、すぐに起動した。
モニターに映し出されるのは、膨大な記録の一覧。
俺は目的も分からぬまま、ミスティが示したファイルを開いた。
──そこには、一人のSランク覚醒者に関する記録が残されていた。
《実験記録 1734-A》
•被験者:Sランク覚醒者「ロザリンド・E・アルムガルト」
•志願理由:エルゴスの超越的融合実験への協力を希望
•実験内容:特異エネルギーとの同調・変質試験
•結果:対象は融合の過程で実験施設からの逃亡を試みる
•結末:対象は逃亡中、エルゴス戦闘部隊によって射殺
•付記:「死によって術が完遂された」
……ロザリンド・E・アルムガルト。
その名前を見た瞬間、俺の脳内に何かが突き刺さった。
俺の師──五歳年上のSランク覚醒者。
だが、俺の記憶には、何故か彼女の姿がない。
いくら思い出そうとしても、彼女の顔を思い出せない。
しかし、目の前の記録の『ロザリンド・E・アルムガルト』の顔写真には見覚えがある。
彼女はミスティによく似ている──
「……死によって、術が完遂?」
この記述は何を意味しているのか。
超越的融合──まさか、ロザリンドは……
俺は視線を落とし、手にしたミスティを見た。
彼女は、何も語らない。
だが、まるで俺の動揺を感じ取っているかのように、微かに脈動していた。
「……まさか」
もし、ロザリンドが本当にエルゴスの実験体であり、“死によって術が完遂”されたのだとしたら……
──俺の手にある、この魔剣の正体は?
嫌な予感が脳裏を過る。
俺は端末の電源を落とし、再び剣を握りしめた。
──先へ進む。
今できることは、それだけだ。




