【#42】地下10階・第一話:闇と光の境界
──視界が、奪われた。
地下10階に足を踏み入れた瞬間、濃密な闇が俺を包み込んだ。
「……っ、目では、何も見えないな」
灯りの類は持っていない。だが、俺の魔術的視野は暗闇の中でも機能する。それは、Sクラス覚醒者特有の能力。この手のギミックは、過去にも経験済みだ。
──しかし、足を踏み出した途端、異変を感じた。
「……音が、消えた?」
周囲の気配はある。だが、音がない。俺の靴が床を踏みしめる音さえ聞こえない。
──これは、ただの暗闇じゃない。
「ミスティ、気配を感じるか?」
手にした魔剣は、まるで何かに迷っているかのようにわずかに震えた。
「……“ここ”に仕掛けられた罠は、暗闇だけではありません」
「だろうな」
ミスティの言葉に確信を得る。
このフロアは、視覚だけでなく音も奪う特殊な空間らしい。
「慎重に行くしかない」
俺は周囲の気配を探りながら、闇の中をゆっくりと進んだ。
──だが、すぐに異変が起きる。
遠くから、何かが這いずる音。
「……音が聞こえる?」
闇の中で音を発するもの──つまり、ギミックの影響を受けない魔物がいる。
俺は剣を構え、気配のする方向を探る。
──直後、背後から鋭い気配を感じた。
「……ッ!」
咄嗟に身を屈めた瞬間、何かが俺の頭上をかすめていく。
暗闇の中、黒い影が跳ねるのが見えた。
──この闇の中でも動ける魔物か。
音を発する魔物。気配を消せない魔物。
つまり、こいつらはこの暗闇を「狩場」にしているということだ。
「だったら──」
俺は剣を振り、魔物の気配を感じた方向へ斬撃を放つ。
ミスティの刃が何か硬質なものを斬り裂いた感触があった。
「……倒したか?」
だが、確証が持てない。音も視界も制限されるこの環境では、倒した手応えさえ曖昧だ。
「……くそ、これは厄介だな」
とはいえ、暗闇の中で手探りの戦いを続けるのは得策ではない。
俺は進行方向を定め、慎重に歩を進めた。
──やがて、足元の感触が変わる。
暗闇が急に晴れ、目の前に広がるのは──巨大な大広間。
「……ここは」
天井の高い空間。中央には光を放つ巨大なクリスタルが浮かんでいる。
「明るいな……ってことは、あのクリスタルが”光源”か?」
周囲にはいくつかの魔物の姿もあったが、どうやらこの大広間では暗闇のギミックは機能していないようだ。自分の足音も聞こえる。
俺は剣を収め、慎重にクリスタルへと歩み寄る。
──その時だった。
「……俺、か」
広間の向こう側、暗闇の境界線に立つ男。
そこにいたのは──俺と同じ姿をした”追跡者”だった。
だが、今回もまた、これまでとは何かが違う。
暗闇からゆっくりと姿を現した”俺”は、静かに剣を構えていた。
その手に握られた剣は、黒く禍々しい光を放っている。
「……お前も、ここにいるのか」
俺がそう呟いた瞬間、追跡者がゆっくりと歩み出した。
そして、その刹那──
「──始めようか、“俺”」
静寂を破るように、戦いの幕が開けた。