【#37】地下12階・第四話:幻を超えて
──幻覚の世界に揺らめくダンジョン。
影の追跡者を倒した俺は、依然としてこの階層の出口を探していた。
だが、どうやらこの迷宮はまだ俺を逃がす気はないらしい。
「蓮、前方に魔物の気配があります」
ミスティが警告を発する。
俺もすでに感じていた。
「また幻影か?」
この階のギミックは幻覚空間。
ならば魔物も”実体があるのかどうか”が問題になる。
──そして次の瞬間、“それ”は姿を現した。
目の前に立ちはだかったのは三体の魔物だった。
一体は全身が黒い霧のように揺らぐ獣型の魔物。
一体は鏡のような光沢を持つ人型の戦士。
そして最後の一体は──”ロザリンドの姿”をしていた。
「……」
俺は思わず息を呑んだ。
姿は確かにロザリンドだが、顔がぼやけている。
──俺が思い出せないからか。
「くっ……」
強く歯を食いしばり、剣を構える。
「蓮……気をしっかり持って」
ミスティの声が低く響いた。
「ああ、わかってる……!」
──この階の魔物は、“心を惑わせる”ことを目的としている。
ここで躊躇すれば、あっという間にやられる。
俺はまず霧の獣へ向けて踏み込んだ。
「斬れるのか?」
そう疑問に思いながらも、一閃。
ズバッ!!
──手応えは、あった。
「……霧じゃなくて、実体か」
獣型の魔物が呻きながら後退する。
だが、致命傷には至らない。
「なら、もう一撃だ」
迷わず畳み掛ける。
ミスティの刃が深く突き刺さると、霧の獣は黒い光を放ちながら消滅した。
「一体撃破……!」
次に狙うは鏡の戦士。
──こいつは厄介だった。
俺の動きを完璧にコピーし、同じ軌道で攻撃を繰り出してくる。
だが、それなら……
俺は追跡者の残した剣を手に取った。
二刀流──俺の十八番だ。
右の剣でフェイントを入れ、左の剣で本命の一撃を突き込む。
「ッ……!」
鏡の戦士が反応するも、俺の攻撃はそれより一瞬早かった。
ズガァッ!!
鏡のような体が砕け散る。
「よし……!」
──残るは、“ロザリンドの幻影”。
「……」
幻影のロザリンドは、じっと俺を見ていた。
表情は読めない。
だが、俺を”試している”ような気がした。
「……悪趣味なことを」
そう呟くと、ミスティが少しだけ震えた気がした。
「ミスティ?」
「……いいえ、何でもありません」
彼女の声がかすかに揺れる。
俺は深く息を吸い込んだ。
──迷ってはいけない。
剣を構え、一気に踏み込む。
「……!」
幻影が動いた。
だが、俺はその一撃を紙一重でかわし、カウンターでミスティを突き出す。
ズブッ!!
「……!」
幻影のロザリンドの胸を貫いた瞬間、“世界”が歪んだ。
──幻が崩れ、景色が元に戻る。
「……終わったか」
俺は剣を下ろし、深く息を吐いた。
前方に石造りの階段が見える。
──次の階層へ続く道。
「行くぞ」
俺はゆっくりと階段を上がる。
追跡者の残した剣が消える。
途中、またしても”エルゴスの紋章”が光る。
俺が通り過ぎると、青から赤へと変化した。
「……次は地下11階か」
俺は足を止めることなく、暗闇の中へと進んでいった。