【#32】地下13階・第三話:元Sランク覚醒者
落下する天井と回転床を抜けた先、薄暗い通路の奥から異質な気配が漂ってくる。
「……来るか」
俺は足を止め、ミスティを構えた。
天井の罠を避けて慎重に進んでいたが、向こう側で何かが動いた。いや——這い出してくる音だ。
ズル……ズルズル……
通路の奥から、黒い泥のような何かが滴り落ち、蠢きながら形を作る。
——泥鬼
影のような不定形の肉体を持つ魔物だ。
武器による物理攻撃がほとんど通用しないが、代わりに炎や光には極端に弱い。
俺の剣では決定打を与えにくい相手だが、倒し方はある。
「……なら、叩き潰すまでだ」
俺は魔物を誘導しながら、通路の天井ギミックへと向かう。
泥鬼が腕のようなものを伸ばしてくるのをかわし、罠の作動範囲へと追い込む。
「——落ちろ」
ズドォン!!
落下天井が泥鬼を押し潰す。
一撃で消し飛ぶことはないが、魔物の身体は潰れて広がり、形を保てなくなっている。
そこへ追い討ちをかける。
俺はミスティを逆手に持ち、崩れた泥の中心へ突き立てた。
ジュゥッ……!!
ミスティが泥鬼のエネルギーを吸収し、魔剣の輝きが増す。
魔力を奪われた魔物は、形を維持できず、静かに崩れ落ちた。
だが——
カツ……カツ……カツ……
一定のリズムで響く足音。
背後に妙な気配を感じた。
次の瞬間——
「やれやれ、相変わらずしぶといな、蓮」
静かな声が響いた。
俺はゆっくりと振り向いた。
そこに立っていたのは、エルゴスの戦闘員たちだった。
※
数名の男と女が、崩落する天井の下を悠然と歩いて近づいてくる。
どこにでもいそうな普通の人間に見えた。だが、俺の直感が告げている。
こいつらは——完全に”作られた”戦士だ。
「……やけに余裕だな」
剣を構えながら問いかけると、先頭の男が肩をすくめた。
「当然さ。我々は君とは違う。ここは”我々にとって危険な環境ではない”からな」
ゴポッ、ゴポポッ……
奇妙な音が響いた。
彼らの皮膚が不気味に蠢く。人間の顔のまま、手足が膨張し、関節が逆に曲がっていく。瞳は爬虫類のような縦長のスリットに変化し、指の先が鋭利な刃物へと変わった。
「異形化か……」
俺は舌打ちしながら一歩後退する。
すると、変異の進行中にもかかわらず、先ほどの男が笑みを浮かべた。
「蓮、お前はもう”役に立たない”んだよ」
俺の眉が僅かに動く。
「……どういう意味だ?」
「簡単な話さ」
男の身体は完全に異形へと変化していた。だが、その口元は人間のままだった。
「Sランク覚醒者だった頃は、エルゴスにとって価値があった」
「だが今は……違う」
「適合者としての資格を失った。“エルゴスの実験体”にはなれない」
その言葉が、胸の奥に不快な棘のように突き刺さる。
「だから——お前は抹殺対象に変更された」
次の瞬間、五体の異形が一斉に襲いかかってきた。
——戦闘開始。
剣を強く握り直し、俺は地を蹴った。
戦いは、次の瞬間に本格化する。




