【#29】地下14階・第四話:抹殺命令
鏡の世界を斬り裂いた先には、いつもの光景が広がっていた。
——青白く光る、エルゴスの紋章が刻まれた階段。
このダンジョンの”支配者”の印。
そして、俺がここに足を踏み入れるたびに、赤く輝く謎の紋章。
「……またか」
ため息交じりに階段を見つめた、その時だった。
ガチャッ……!
足音。
そして——
「目標、発見。排除を開始する」
鋼のように硬質な声が階層に響いた。
剣を握る手に、無意識のうちに力がこもる。俺はゆっくりと視線を上げた。
13階へと続く階段の上。そこに立っていたのは、エルゴスの戦闘員たち。だが、普通の兵士ではない。
彼らの肉体には魔物の特徴が刻み込まれていた。異様に長く伸びた四肢、禍々しい牙、瞳孔のない赤い目。それでいて、どこか冷徹な知性が感じられる。
「魔物との融合者……か」
俺は低く呟いた。
これまでにも融合者は見てきた。だが、こいつらは違う。単なる化け物ではない。完全に理性を保ち、忠誠心までも持ち合わせた戦士だ。
その証拠に、彼らの目は迷いなく俺を見据えている。
「——抹殺する」
宣言と共に、戦闘員たちが一斉に動く。
次の瞬間、空気が裂けた。
「っ……速い!」
一体が音を置き去りにする速度で迫る。爪の生えた腕が刃のように振るわれた。
紙一重で避けた俺は、反撃に転じる。剣を横に払うと、敵の腕ごと胸を裂いた。
だが、そいつは表情一つ変えない。むしろ、傷口が異様な速度で塞がっていく。
「——再生能力か」
苦々しく呟く間にも、別の敵が突っ込んでくる。
左からの斬撃、右からの拳、正面からの突き——三方向からの連携攻撃。だが、俺は一瞬の判断で身を沈め、それを回避する。
そのまま剣を振り上げ、敵の首を一閃した。
ズバァッ!!
首のない身体が倒れる。しかし、残った戦闘員たちは動じることなく陣形を組み直す。
「この程度の戦力で足止めのつもりか?」
俺は低く吐き捨てた。
すると、最前列の一人が口元を歪める。
「足止めではない。抹殺だ」
次の瞬間、そいつの体が異形の形に変異する。
腕が膨れ上がり、背中から無数の触手のようなものが生える。
「……なるほどな」
俺は無表情のまま、剣を構え直す。
エルゴスは、ここまでの完全な融合体を作り上げていたのか。
——だが、俺の前に立つなら何であれ斬るだけだ。
戦闘員たちの猛攻を受け流しながら、俺は一体ずつ確実に仕留めていく。
「はああっ!!」
力任せに斬撃を叩き込むと、融合者の胴体が真っ二つに裂ける。
しかし、残った連中は動じない。むしろ、さらに統率の取れた動きで襲いかかってくる。
「……面倒だな」
このままでは長期戦になりかねない。俺はわずかに息を整え、剣を強く握った。
「ミスティ——もう少し力を貸せ」
「もちろんよ」
剣の奥から囁くような声が響いた瞬間——刃が淡く輝き始める。
「……っ!」
その光を見た戦闘員たちが、一瞬だけ反応を遅らせた。
その隙を逃すはずがない。
「——終わりだ」
一歩踏み込み、剣を振り抜く。
輝ける闇が戦場を走り、戦闘員たちの身体を寸断していった。
数秒後——辺りにはもう誰も立っていなかった。
俺は剣を下げ、周囲を見渡す。
黒い血が床に広がり、戦闘員たちは完全に沈黙していた。
勝負はついた。
俺は無言で13階へと続く階段を見上げる。
「……行くぞ、ミスティ」
「ええ、蓮」
剣の中から聞こえる声に頷き、俺は一歩を踏み出した。
13階へ向かうために。