【#2】地下20階・第二話:死者の回廊
魔物の亡骸を踏み越え、俺はさらに奥へと進んでいく。
道は曲がりくねり、石壁には無数の爪痕が刻まれていた。
「……随分と荒れてるな」
このダンジョンが長い間、“戦場”であった証拠だろう。
だが、俺が気にするべきなのは——
この異様な静けさだ。
さっきまで魔物の唸り声が響いていたはずなのに、今は空気すらも凍りつくほどの静寂が広がっている。
「ミスティ、周囲の気配は?」
「……異常発生。魔力の流れが変化しました」
「魔力の流れ?」
「このエリアに仕掛けられたギミックが作動した可能性があります」
そう言い終えた瞬間——
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
突然、足元が震えた。
壁の奥から何かが動き出す気配。
「蓮、前方に敵影があります」
ミスティが警告を発した直後、暗闇の先から異形の影が現れた。
それは、さっきのデッドスレイブとは違う。
異常に膨れ上がった筋肉。骨が剥き出しになった巨大な腕。
そして、胸元には無数の顔が埋め込まれ、苦悶の表情を浮かべている。
「……ハングド・カーネルか」
死者の集合体。
ダンジョンの深部で発生する特殊な魔物で、無数の死体が融合して生まれた”塊”だ。
こいつの厄介な点は——
死んだ冒険者のスキルを継承していること。
どんな能力を持っているかは、戦ってみなければ分からない。
「……試してみるか」
俺はミスティを構え、一歩踏み出した。
その瞬間——
カチリ。
足元で何かが作動した音がした。
——しまった。
「蓮、罠よ!」
ミスティの声が響いた瞬間、床が崩れ落ちた。
「チッ……!」
反射的に後ろへ跳ぶ。
間一髪、落とし穴に落ちるのは避けたが、足元には無数の槍が生えた深い穴が口を開けていた。
もし気づくのが遅れていたら、串刺しになっていたな。
「……やってくれる」
罠の作動と同時に、ハングド・カーネルが猛然と駆け出した。
ドガアアアッ!!
分厚い腕が振り下ろされる。
即座に横へ飛び、回避する。
衝撃で地面が砕け、破片が飛び散った。
ハングド・カーネルのスキル発動——「地砕撃」
「やっぱり、スキル持ちか」
迂闊に近づけば、拳一発で粉々にされる可能性がある。
だが、それなら——
俺はミスティを空へ放り投げた。
「ミスティ、形態変化」
「——了解しました」
スゥッ……
ミスティの姿が霧のように変化し、一瞬で”空気化”する。
俺の手元から消えた魔剣は、次の瞬間——
ハングド・カーネルの背後に再出現した。
「喰らえ」
俺は指を鳴らす。
——ズバァンッ!!!
ミスティの刃が、魔物の背中を一直線に切り裂いた。
「グオオオオオ……!!」
断末魔とともに、魔物の身体が崩れ落ちる。
ゴッ……シャアアアッ!!
血と肉片が飛び散る中、俺の全身に力が漲るのを感じた。
ミスティのエナジードレインが発動。
「……ふぅ」
肩を回しながら、ミスティを手に取る。
「蓮、ダメージ回復を確認しました」
「問題なし。あとは……」
——ゴゴゴゴゴッ……!
嫌な音が響く。
周囲の壁が再び震え、今度は左右の通路が閉じられた。
完全に閉じ込められたか。
「やっぱり、単なる魔物退治じゃ済まないってわけか……」
ダンジョンが俺の侵入を拒んでいる。
面白い。
ならば、力ずくで突破するまでだ。
「行くぞ、ミスティ。ここを抜ける」
「承知いたしました」
俺は剣を構え、次なる敵を迎え撃つ準備を整えた。