【#26】地下14階・第一話:鏡の迷宮
——視界が歪む。
階段を上がった瞬間、俺は異様な光景に息を呑んだ。
壁も、床も、天井も、すべてが鏡。
目に映るのは、どこまでも続く自分の姿。
角度を変えても、左右を見ても、同じ景色が無限に広がっている。
「……これはまた厄介なフロアだな」
普通のダンジョンなら、壁や床の質感で方向感覚を掴める。
だが、ここではすべてが鏡。基準になるものが一切ない。
方向感覚を狂わせ、迷わせるためのギミック——それがこの階の目的か。
「なぁ、ミスティ。こういう場所は好きか?」
「私に好き嫌いはありません」
その言葉とは裏腹に——
俺の手元で輝く魔剣が、わずかに震えた。
「……そうか。俺は気に入らねぇな」
だが、進むしかない。
その時——。
「ギャアアアア!!」
不気味な悲鳴が響き、鏡の中から影が現れた。
——否、影じゃない。
“鏡の中を移動する魔物”
黒くねじれた腕が鏡の奥から伸び、俺を掴もうとする。
「——遅いッ!」
バキィンッ!
俺はミスティを振り下ろし、鏡ごと影を叩き斬った。
刃が鏡を割ると同時に、魔物の身体が砕け散る。
だが——
割れた鏡の破片に、無数の黒い手が映り込んだ。
「……なるほどな」
鏡の中を移動できる魔物は、破壊されるたびに新しい鏡へと移動し、増殖する。
「だったら、増える前に叩き潰すしかねぇ」
俺は踏み込み、一気に斬り払う。
ザンッ!
刃が闇の魔物を捉え、次々と鏡が砕け散る。
——だが、気づくとまた新たな魔物が鏡の中から現れていた。
「……これではキリがない」
そして——
鏡の奥に、もう一人の俺が立っていた。
「——ッ!」
そいつは、俺と同じ顔、同じ体格。
だが、着ているのは黒いスーツ。
開襟シャツの隙間から覗く鍛え上げられた胸板。
顎ひげは俺のような無精ひげではなく、見栄え良く整えられたもの。
そいつは不敵な笑みを浮かべながら、鋭い目つきでこちらを見ている。
「……追跡者か」
俺が構えると、鏡の中の”俺”も同じように短剣を構えた。
「——面倒な能力を持ってやがるな」
追跡者が鏡を利用できるとなれば、どこから襲ってくるかわからない。
そして——
俺が動いた瞬間、鏡の中の追跡者も一緒に動き出した。
「……上等だ。やってやるよ」
鏡の迷宮。
そして鏡を移動する敵。
この厄介なフロアを、俺はどう突破する——?




