【#19】地下16階・第三話:森林の追跡者
追跡者を枝の群れに絡め取らせ、俺は前進する。
だが、まだ油断はできない。
この森は静かすぎる。魔物の枝がうねる音以外、何も聞こえないのが逆に不気味だ。
「ミスティ、前方に何かいるか」
「私の感知範囲内に強力な魔力反応はありません。ただし、周囲の魔物は活動を強化中」
「強化?」
違和感を覚えた瞬間、足元から不快な振動が伝わってきた。
——ゴゴゴゴ……!
前方の森が揺れ、巨大な木が動き始める。
「……なるほどな」
この階の魔物は移動しない。しかし、それは「個体」としての話だった。
一本一本の木は動かないが、森全体が「一つの魔物」として機能しているのか。
巨大な幹が軋みを上げ、枝がさらに鋭く伸びる。逃げ場を塞ぐように張り巡らされ、まるで檻の中に閉じ込められたような状況になっていく。
「……クソッタレが」
このままでは袋小路だ。追跡者を振り切ったところで、ここで足止めを食らえば意味がない。
「ミスティ、強行突破する」
「承知いたしました」
俺は即座にミスティを構え、周囲を睨む。
目の前には、森を司る中心となる巨木がある。
あれを斬れば、少なくとも道は開くはずだ。
「——いくぞ」
呼吸を整え、一気に駆け出す。
無数の枝が俺を阻もうと襲い掛かるが、ミスティの刃を振るい、片っ端から斬り払う。
——ギィンッ!
防御力は高いが、斬れないわけではない。勢いをつければ、突破できる!
巨木まであと十メートル——。
そのとき、不意に背後から殺気を感じた。
「……ッ!」
振り返ると、追跡者が森の枝を踏み台にして飛来してきていた。
——速い!
短剣を構え、今まさに俺の背後を取ろうとしている。
「ミスティ!」
「——!」
俺が叫ぶと同時に、ミスティの刃が不可視の軌跡を描く。
——ガキィン!!
追跡者の短剣を弾き、そのまま強引に振り払う。
追跡者は無言で後方へ飛び退くが、俺も足を止めるわけにはいかない。
「……チッ」
追跡者を気にしている暇はない。このまま進む。
巨木まであと五メートル——。
俺は全力で踏み込み、ミスティを振りかぶった。
「——斬る!」
渾身の一撃が、巨木の幹を正面から捉える。
——ズバァァン!!
重い手応えとともに、幹が大きく裂ける。
直後、森全体が悲鳴のような振動を発し、枝の動きが一瞬止まった。
その隙を突いて、俺は全速力で抜け出す。
「ミスティ、前方のルートを確認しろ!」
「五十メートル先に開けた空間を確認。そこに進めば、追跡者の接近を回避可能です」
「上等だ!」
俺はさらに加速し、巨木を突破する。
背後では追跡者が枝を蹴ってこちらを追ってきていたが、森の動きが鈍ったおかげで距離を取ることに成功した。
目の前には、枝の生えない開けた空間が広がっている。
「……ようやく、抜けられたか」
俺は息を整えながら、次の行動を考える。
まだ16階は突破できていない。
だが、確実に進んでいる。
このまま、突き進むだけだ。