【#1】地下20階・第一話:最初の試し斬り
——扉を開けた瞬間、死の気配が満ちた。
牢獄の外は、まるで忘れ去られた廃墟のようだった。
壁のあちこちに亀裂が走り、天井からは無数の鎖が垂れ下がっている。
空気は澱み、腐った血のような臭いが鼻を突いた。
「……手厚い歓迎だな」
足元には、朽ち果てた骸骨が転がっていた。
服の残骸からして、人間のものだろう。
何者かがここに閉じ込められ、そして食われたのか。
それがこの牢の”先輩”たちの末路なら、俺もそうなるはずだった。
……普通の人間ならな。
「蓮、正面に敵の気配があるわ」
ミスティの無機質な声が響いた。
次の瞬間——
ガギャアアアアアッ!!
鋭い叫びとともに、暗闇の中から何かが飛び出した。
それは……人型の魔物だった。
骨ばった四肢に、干からびた皮膚。
虚ろな眼窩から覗く赤い光。
そして、不自然に長く裂けた口から、粘ついた黒い舌が覗いている。
「デッドスレイブか」
ダンジョン内で死んだ冒険者が、魔力によって動く屍へと変貌したもの。
知性はなく、ただ生者の肉を求めて彷徨うだけの存在。
数は……四体。
俺を囲むように、じりじりと間合いを詰めてくる。
「上等だ」
俺はミスティを握り直した。
——ギィィンッ!!
剣を振るう。
一閃。
黒い刃が宙を裂き、最前の一体の首を跳ね飛ばした。
ビチャッ!と血が飛び散り、胴体がその場に崩れ落ちる。
「……っ」
その瞬間、俺の身体が軽くなる。
傷もないのに、まるで体力が回復したような感覚。
ミスティのエナジードレインが発動したのか。
「悪くないな」
だが、残り三体はひるまない。
むしろ、仲間がやられたことで興奮したのか、一斉に飛びかかってきた。
「——遅い」
バッ!!
俺は一歩踏み込み、魔剣を横薙ぎに振るう。
——ドシュッ!
真っ二つに裂かれるデッドスレイブ。
返す刀で、もう一体の胸を突き刺す。
「ギ……ギギッ……」
息絶える間もなく、そいつは力を失い、崩れ落ちた。
最後の一体が、俺を睨むように立ち尽くす。
「どうした、来ないのか?」
俺が剣を構えた瞬間、デッドスレイブは踵を返し、逃げ出した。
「へえ……」
魔物が”恐怖”することもあるのか。
——だが、逃がす気はない。
俺はミスティを構え、魔力を込めた。
「消し飛べ」
——黒閃。
魔剣が闇を纏い、一瞬のうちに斬撃が放たれる。
ズバァッ!!
デッドスレイブの背中に、一直線の傷が刻まれた。
そのまま倒れ、二度と動くことはなかった。
「……ふん。大したことはなかったな」
戦いの余韻を味わいながら、俺は剣を振って血を払い落とす。
「蓮、エナジードレインの効果を確認しました」
ミスティが淡々と告げる。
「身体機能が向上。回復率も正常。……今後も活用すべきでしょう」
「ああ。そうさせてもらおう」
この力がある限り、どれだけ戦おうと消耗しない。
むしろ戦えば戦うほど、俺は強くなる。
ならば——
このダンジョンは、俺の成長のための狩場ということだ。
「行くぞ、ミスティ。地上まで、まだまだ長い」
俺は剣を収め、迷宮の奥へと歩みを進めた。