【#17】地下16階・第一話:迷いの森
階段を登り切ると、視界が一変した。
これまでの階層とは異なり、壁も天井もなく、目の前に広がるのは鬱蒼とした森——いや、正確には「森のように見える魔物の群れ」だった。
木々は一本一本が異様に太く、幹はまるで石のように硬そうだ。だが、その枝は意思を持っているかのように微細に震え、俺が一歩踏み出すたびに、ゆっくりとその動きを変えている。
——試しに一歩、足を前に出した。
瞬間、周囲の木々が一斉に反応し、無数の枝が鞭のようにしなりながら俺に向かって振り下ろされる。
(……やはり、そう来たか)
剣を振り、最も近い枝を叩き斬る。だが、刃が触れた瞬間、強烈な抵抗を感じた。並の魔物なら簡単に両断できるはずなのに、この枝は硬すぎる。確かに傷はついたが、深く切り裂くことはできなかった。
「守備力が異常に高い……か」
周囲の木々は移動しないが、その場に根を張ったまま、枝を自由自在に動かして攻撃してくるらしい。つまり、この森を進もうとする限り、常に妨害を受け続けるということだ。
「蓮、戦いますか?」
ミスティが問いかけてくる。その声は無感情なままだが、剣としての機能を果たすために、どう動くべきかを確認しているのだろう。
「ああ。だが、こいつらは倒すより抜ける方が得策だな」
この森のすべてを斬り倒して進むのは非効率的すぎる。ならば、攻撃を最小限に抑えつつ、最短距離で進むべきだ。
そう考えた矢先、背後から気配が迫る。
「……来たか」
振り向くと、階段の方から黒い影が跳び出してくる。
俺と同じ顔をした「追跡者」——。
その装備はこれまでよりも軽量化されており、鋭い短剣を両手に持っている。さらに、脚部には魔術装置が組み込まれているのか、着地した瞬間に空気を蹴るようにして素早く加速した。
「機動力特化か。厄介だな……」
ただでさえこの森は戦闘に適していない。動きを制限されるこの地形で、あの速度の追跡者と戦うのは危険だ。
——ゴウッ!
追跡者が一瞬にして距離を詰め、刃が俺の喉元を狙う。
ギリギリのところで剣を振り、弾き返した。しかし、その隙に無数の枝が俺を包囲しようと動く。
「……クソッ、これは長期戦になりそうだ」
逃げるか、戦うか。
どちらにせよ、この森を突破しなければならない。