【#15】地下17階・第三話:落ちれば即死
——地獄のような光景だった。
崩れ落ちる足場、滾る溶岩の熱気、飛び交う短剣、そして炎をまとった魔物。
追跡者とラヴァリザードの両方を相手にしながら、この狭い浮遊足場で戦うのは正気の沙汰じゃない。
「……これはまた、面倒なことになったな」
目の前の追跡者は短剣を逆手に構え、空中で微細に動いてバランスを取っている。飛行能力を活かし、足場に頼ることなく攻撃できる厄介な敵。
そして背後のラヴァリザードは、四肢を岩の塊のような足場に踏ん張りながら、俺に向かって灼熱のブレスを溜め込んでいた。
——飛べる奴と、地形を無視する巨体。
まともにやり合っても勝ち目は薄い。
だからこそ、俺はこの環境を利用するしかない。
「ミスティ、やるぞ」
「了解しました」
俺は瞬時に動いた。
まずは足場を蹴り、追跡者の懐へと飛び込む。
——ガキィン!!
短剣と魔剣が再びぶつかり合う。
だが、俺の狙いはそこじゃない。
「……邪魔だ!」
追跡者を弾き飛ばすと同時に、俺は空中で身体をひねった。
背後のラヴァリザードがブレスを吐き出す瞬間だった。
——ゴオォォォォッ!!!
灼熱の炎流が一直線に俺を襲う。
だが、俺はその直前で隣の足場へと飛び移った。
——そして、その炎の直線上にいたのは……
「お前だ」
そう、追跡者。
飛行能力を持つ奴は、地上の脅威を気にする必要がなかった。
だからこそ、ラヴァリザードの攻撃にも無防備だった。
バシュゥゥッ!!
直撃。
追跡者の身体が燃え上がり、その場で回避不能なまま炎に包まれた。
通常の炎ならあいつは無視するだろうが、これは魔物の溶岩ブレス。
身体を構成するエネルギーにまでダメージが届き、奴の再生速度が大幅に鈍るはず。
「……一匹片付いた、か」
次はラヴァリザードの番だ。
奴は俺の存在を再び捉えると、咆哮を上げながら足場を踏み砕いて突進してきた。
「蓮、足場が崩壊するわ!」
「ああ、分かってるさ!」
俺はすぐに別の足場へ飛び移る。
……だが、そのとき、視界の端で何かが閃いた。
「——ッ!?」
炎の中から、一筋の黒い影。
……追跡者だ。
やはり完全には消えていない。
炎のダメージを負いながらも、奴は飛行能力を使い、俺を狙って短剣を投擲してきた。
その一撃を受ければ、バランスを崩し、溶岩の中へと落ちる。
「……させるか!」
俺はミスティを振るい、投擲された短剣を弾き落とす。
だが、その一瞬の遅れが致命的だった。
——視界の隅に、ラヴァリザードの影。
奴の巨大な尾が、俺を薙ぎ払おうとしていた。
「ッ——!!」
ドガァァッ!!
強烈な衝撃が身体を襲い、俺は足場ごと吹き飛ばされた。
——そして、地面がない空間へと投げ出される。
下は、灼熱の溶岩。
落ちれば、即死。
「……クソッ!」
次の足場まで、距離が遠すぎる。
普通なら、ここで終わる——
だが。
「ミスティ!」
「了解」
俺の手の中で魔剣が空気化する。
次の瞬間、俺の背後で何かが実体化した。
「……ッ!」
俺の身体が、空中で強引に引っ張られる感覚。
——見れば、ミスティが人間形態で俺の腕を掴んでいた。
「目標、転落回避」
彼女は感情を見せることなく、俺を崩れ落ちる足場の上へと投げ飛ばした。
ドサッ!!
ギリギリのところで着地し、俺は大きく息をつく。
「……はぁ、はぁ……死ぬかと思った……」
「蓮、次は気をつけなさい」
「言われなくても分かってるよ……」
ミスティは何も言わずに剣の姿に戻る。
俺はミスティを握り直し、目の前の敵へと向き直る。
——まだ終わっちゃいない。
追跡者もラヴァリザードも、どちらも健在。
だが、俺はもう奴らに付き合うつもりはなかった。
——生き残るのは、俺だけだ。
足場が不安定なら、それごと利用すればいい。
飛べる相手なら、飛ばせない状況を作ればいい。
俺はこの地形の特性を、完全に理解した。
次の一撃で、全てを終わらせる。
「……行くぞ」
——このダンジョンで、俺は生き延びる。
そのために、何もかもを利用してやる。