【#12】地下18階・第四話:罠か手札か
切り伏せたカッターリザードの亡骸が崩れ落ちる。
俺は剣を払って黒い血を振り落としながら、残りの敵を見据えた。
「……まだ来るか」
群れの半数以上を屠ったはずなのに、奥から新たなカッターリザードが姿を現す。まるで際限がない。
「蓮、無駄な戦闘は避けるべきよ」
ミスティが冷静に告げる。
「分かってるさ。だが、こいつらを無視して先に進めるか?」
カッターリザードの群れは、先へ進む通路を塞ぐように立ち塞がっている。無理に突破すれば背後を取られる。
だが、ふと視線を巡らせると——
「……回転床、か」
通路の中央に、ゆっくりと回転する床がある。
あの上に乗れば、強制的に向きを変えられてしまう厄介なギミックだ。しかし、使いようによっては——
(回転床に、俺と魔物の区別はつかない。ならば……)
俺は一歩前に出ると、わざとゆっくりと剣を構えた。
それに釣られるように、数体のカッターリザードが突進してくる。
「よし、そのまま……来い!」
先頭の一匹が回転床の上に乗った瞬間——ガコン、と音を立てて床が高速回転する。
「ギャッ!?」
突如として視界が乱されたカッターリザードが、よろめきながら隣の個体に衝突。
「——そこだ!」
俺は迷わず踏み込むと、混乱しているカッターリザードの首を一閃で斬り飛ばした。
黒い血が噴き出し、頭部のない身体が崩れ落ちる。
「……使えるな」
敵を巻き込むように回転床へと誘導し、崩れたところを叩く。
これを繰り返すことで、俺はほぼ無傷のままカッターリザードの群れを殲滅していった。
「効率の良い戦闘……好ましい戦い方です」
「お前が褒めるとはな」
ミスティは常に淡々としているが、こういう時に短いながらも評価を口にするのが面白い。
「さて……先に進むか」
カッターリザードの亡骸を踏み越え、通路の奥へと向かう。
そして——
「……あったな」
視界の先に、巨大な石造りの階段が現れた。
「地下17階への道か」
階段の横の壁には、青く光るエルゴスの紋章。
「またこれか。エルゴスの管理はどこまで徹底してるんだか」
この紋章は、ダンジョン内の主要な通路やエレベーターに刻まれている。
ただの装飾ではなく、何らかの監視・認証機能があることで知られている。そしてダンジョン適応者にすらその機能を無効化できないことも。
俺は階段の前に立つと、一歩踏み出した。
すると——
ブゥゥゥン……
低く鈍い音が響き、紋章の青い光が赤へと変わる。
「またか……」
これは前の階と同じ現象。
だが、特に攻撃されるわけでも、罠が作動するわけでもない。ただ赤く光るだけ。
「気にしても無駄か……」
俺は肩をすくめると、そのまま足を進め、階段を登り始めた。
そして——
「——!」
ふと背後を振り返る。
追跡者が、階段の入口の向こうに立っていた。
黒い霧を纏う曲刀を手に、無表情でこちらを見つめている。
だが——
「……来ないのか?」
奴はただ俺を見送るように立っているだけで、追ってこようとはしなかった。
それどころか、数秒後にはその姿がふっと霧のように消えた。
「……なるほどな」
やはり追跡者は同一フロア内限定の存在。階層を超えることはできないらしい。
「少しは休めるってわけか」
安堵とともに、俺は階段を登りきった。
次の戦いに備えながら——。