【#10】地下18階・第二話:追跡者の変化
獣のうなり声が響く。
前方には装甲獣三体、背後には俺の偽者——追跡者。そして周囲には回転床とテレポーターの罠。
この状況をどう崩すかが鍵だ。
「……いつでも来い。相手になってやる」
俺は前方に向かってゆっくりと歩を進めた。敵に包囲されている状況で無暗に動けば、それこそ袋の鼠だ。だが、敵は俺がそう考えると見越してじりじりと距離を詰めてくる。
装甲獣は筋肉質な四肢を緊張させ、いつでも突進できる体勢を取っている。
そして——追跡者は、無言で俺を見つめていた。地下19階に現れた奴とは異なり、その目には意志が宿っている。
「お前、今度はその剣か……」
前回までの奴は、俺の肉体能力とスキルを完全にコピーしていたが、武器は持たなかった。しかし、今は違う。黒く禍々しい曲刀が奴の手の中でゆっくりと揺らめいている。
ミスティが微かに振動した。
「……剣まで真似てくるなんて。不快だわ」
「お前が感情を表に出すとはな」
「あれは模造品よ。私とは似ても似つかないけれど……表層的な性能の一部を模倣している」
「つまり、あれもエナジードレイン効果を持つ可能性があるってことか」
「ええ。そうよ」
それは厄介だ。今まではミスティの回復能力で押し切れた場面もあったが、もしあの剣が敵を斬って自己回復するタイプだった場合、一進一退の消耗戦になりかねない。
いや、待てよ……。
俺は足元に目をやる。目の前には赤く光るテレポーターの床。そしてその先には回転床が広がっている。
「試してみるか」
俺は装甲獣を挑発するように軽く剣を振った。
「こいよ」
瞬間、三体の装甲獣が突進してきた。
地響きが起こるほどの圧力。それぞれが鋭い角を突き出し、俺を串刺しにしようと突っ込んでくる。
しかし——
「遅いな」
俺は寸前で横に跳び、回転床の端へと飛び乗った。
「グルルッ!?」
装甲獣たちは止まれない。そのまま勢いよくテレポーターの床を踏みつけ——次の瞬間、赤い光と共に奴らの姿が消えた。
——成功だ。
装甲獣はどこか別の場所へ飛ばされた。これでまず三体を無力化。
残るは——
「……やるな」
追跡者が低く呟いた。
「テレポーターを利用したか。だが、それが通じるのは魔物だけだ」
奴は冷静に回転床を避けながら、ゆっくりとこちらに歩を進めてくる。俺の真似事のくせに、生意気なものだ。
「さて、どうする?」
俺は剣を構え直した。
追跡者は慎重に間合いを測りながら、曲刀を構えている。
俺が先に動けば、奴は確実にそれをトレースしてくる。ならば——
(動く必要はないな)
俺は自ら回転床の中心に立ち、奴を誘った。
回転床に入れば、バランスを崩すのは不可避。たとえ俺の動きをコピーしていたとしても、ここは地形を利用した戦いになる。
「……なるほど」
追跡者の口元が微かに歪んだ。
「貴様、俺を試しているな」
「試すも何も、俺はお前のオリジナルだぞ?」
「ならば証明してみろ」
奴は回転床に踏み込んだ。
瞬間、床が回転し、奴の体勢がわずかに崩れる。
「——そこだ」
俺は踏み込み、全力で斬りかかった。
追跡者の曲刀がそれを迎え撃つ——が、バランスの崩れた奴に俺の一撃を完全に防ぐことはできない。
ガキィィィンッ!!
俺の斬撃が奴の肩口を斬り裂いた。
「ぐっ……!」
追跡者はよろめきながら後退する。傷口から黒い霧のようなものが立ち上る。やはりこいつは普通の人間ではなく、何らかの再生能力を持っているようだ。
「蓮、追い打ちを」
ミスティの声が響く。
「ああ、分かってる」
奴が回復する前に仕留める——
だが、その時だった。
——ガシャンッ
遠くの通路で、何かが開く音がした。
俺は一瞬、そちらに視線を向ける。
すると——
「——!」
追跡者が、一瞬で間合いを詰めてきた。
曲刀が閃く。
俺は咄嗟に身を翻し、辛うじて斬撃を避けたが、肩口を浅く切られた。
「クソッ……」
傷は浅い。しかし、奴の動きは以前より洗練されている。
学習し、進化している。
「これは……面倒なことになったな」
俺は改めて剣を構え直した。
勝負はまだ、これからだ。