【#99】地上・第四話:深層核
ツェムルスの仮面が割れた。
崩れた面の奥から現れたのは、醜悪なものだった。
人間の顔に似ているが、それはただの“模倣”。
筋肉の構造、眼球の動き、口元の動作すらも、意識して模しているのがわかる。
「ようやく、外したか……その滑稽な皮」
「君はいつも感情で動く。だが、最終的に勝つのは──理性だ」
ツェムルスの言葉と同時に、空間が歪む。
周囲の重力が反転し、俺の身体が浮き上がった。
天井から生える触手、床から噴き出す魔力の奔流。
空間そのものを武器にしてくる──こいつ、ダンジョンと繋がってる。
「こいつが……エルゴスの本質か」
『蓮、落ち着いて。魔力の流れが逆転してる。制御の中心に“核”があるはず!』
「だったら、そこを叩く!」
逆さの空間を蹴り、刃を構える。
ツェムルスの本体──歪んだ身体──が裂けるように展開し、無数の目が俺を睨んだ。
瞬間、思考を貫くような衝撃が頭を襲う。
《やめろ……蓮……》
誰の声だ? 頭の奥に誰かの記憶が混線する。
だが、それすらもミスティの声で上書きする。
『気を取られないで! 私が支える!』
「ああ。終わらせるんだ、ここで……ッ!」
俺はミスティの力を全解放し、全身の魔力を刃に乗せる。
空間を裂く。壁を切り裂き、重力を無視して突き進む。ツェムルスの触手が幾重にも絡みついてきたが、振り払った。
そして見えた──“核”。
黒い結晶体。無数の魂が蠢き、悲鳴を上げる。
ツェムルスの声が響いた。
「そこを破壊すれば、世界との接続が切れる。君の“進化”も止まるぞ!」
「そんなもん、いらねえ!」
俺は叫び、刃を叩き込んだ。
──世界が震えた。
「ッ……が、ぁ……!」
ツェムルスの叫び。
歪みきった肉体が崩れ落ち、空間に静寂が戻る。
ミスティの刃が鈍く光を反射している。
俺の呼吸が荒く、血が喉を焼く。
「……終わったか?」
だが、返事はなかった。代わりに、地の奥から震動が響いた。
床に入った裂け目から、黒い“血”のようなものが這い出てくる。
『蓮……逃げて……これは──ツェムルスの力じゃない……』
ミスティの声に重なるように、響いた。
「よくぞここまで辿り着いたな、九條蓮。最適解ではないが……予定は修正可能だ」
空間が歪む。空中に巨大な“球体”のような構造物が浮かび、その中心部から人影が現れる。
──それは“人”ではなかった。
青白い仮面。金の装飾を思わせる骨のような外殻。
声は響くようでいて、生き物の音ではない。
「貴様が……エルゴスの首領……?」
「我は“オル=カレイド”。適者進化計画の起点にして、管理者である」
背後の球体──おそらくはコア、深層核と呼ばれるエルゴス中枢そのもの──が、脈動し始めた。
機械とも有機物ともつかぬ回路が絡み合い、ツェムルスの死を吸収し、新たな形に“再設計”を開始している。
「お前たちは……人も魔も弄んだ……!」
「弄んだのではない。淘汰を促したまでだ。進化とは淘汰であり、抗う貴様らのような“感情存在”は、矛盾を孕む欠陥構造にすぎぬ」
オル=カレイドの手が浮かび上がる。
その手から展開されたのは、数百万の魂が凝縮された漆黒の魔力。
核の残骸から、触手とも結晶ともつかぬ破片が形成され、次々に“兵器”となって立ち上がる。
『蓮……あれは、もう存在そのものが災害よ。今までの敵とは、次元が違う……!』
「知ってる……だが、俺はここで終わらせるしかない!」
オル=カレイドが静かに右腕を掲げると、頭上に巨大な“瞳”が開いた。
それは空を覆い尽くすような──惑星の神経系を覗き込むような感覚を覚えた。
「観測を開始する。次の進化段階へと、“適応”せよ」
──否。俺は、適応なんかしねぇ。
「ミスティ……力を貸せ」
『もちろん。あなたとなら、世界そのものを斬れる──!』
深呼吸。
俺は地を蹴った。




