プロローグ:奈落に堕ちた最強
——暗闇の中で目を覚ました。
視界がぼやける。冷たい石の床に横たわったまま、思考を巡らせる。俺は……なぜここにいる?
「……またか」
口をついて出た声は、呆れとも諦めともつかない感情を帯びていた。何度目だろう、この絶望的な目覚めは。
俺の名は九條蓮。かつて、“Sランク覚醒者”と呼ばれた存在だ。覚醒者とは、この異形の世界で生き残るために選ばれた者たち。力を持ち、戦い、ダンジョンを攻略する者たちのことだ。
だが今の俺に、その栄光はない。
身を起こし、周囲を見渡す。相変わらず、ここには何もない。石壁に囲まれた閉鎖空間。天井のない暗闇。微かに響く、遠くで蠢く何かの気配。
俺は——ダンジョンの地下20階に幽閉されている。
地上へ続く出口はない。食料も、水も、まともな休息すら許されない。いるのは俺と、絶え間なく襲い来る魔物たちだけ。
これが俺に与えられた”処刑方法”。
「生き延びるか、喰われるか」
エルゴス。地上を支配する狂気の組織。俺は奴らに裏切られ、この奈落へと突き落とされた。かつて世界を救う英雄の一人だったはずの俺が、今や地上に存在しない者として扱われている。
……だが、それも今日で終わりだ。
俺はまだ、死んでいない。
左手にそっと力を込める。指先に馴染む感触があった。
「……ミスティ」
名を呼ぶ。
応える声はない。
代わりに、闇の中で光が生まれる。
青白い淡い光が渦を巻き、人の形を成していく。
「……蓮、戻りました」
感情のこもらない声が響く。
現れたのは、プラチナブロンドの長い髪の女。
無表情のまま、冷たい瞳で俺を見つめる。
——意思を持つ魔剣、ミスティ。
彼女は俺の”武器”だ。
本来の姿は剣。しかし、人の姿を取ることもできるし、空気に溶け込むこともできる。そして、どれほど離れても契約者のもとに戻ってくる。
その特性のせいで、エルゴスの連中は彼女を没収できなかった。
……間抜けな話だ。
手ぶらで投獄されたと見せかけて、俺は最強の武器を確保していた。
「状況は?」
「私の感知範囲内に、生存者の反応はありません」
常人ならば絶望するだろう。
しかし——
「俺を幽閉するには、場所が悪すぎたな」
ダンジョンの底。
無数の魔物が跋扈し、無限に戦うことができる場所。
それはつまり——
「ここは、俺がどれだけでも強くなれる環境ってことだ」
「蓮、体調は? 戦闘に支障があるのなら……」
「問題ない。むしろ、久々に剣を振れるのが楽しみだ」
ミスティの姿が揺らぎ、黒い光が収束する。俺の手の中に、一本の剣が現れた。漆黒の刃を持つ魔剣——俺の唯一の相棒。こいつがいる限り、俺は死なない。
——この剣とともに、俺は地上へ戻る。
地獄の底から這い上がり、全てを破壊するために。