Woman in yellow
これは小説習作です。とある本を開き、ランダムに3ワード指差して、三題噺してみました。
随時更新して行きます。
【お断り】「黄色、強い、焼く」の三題噺です。
(以下、本文)
「黄八丈を着せば風情ありしが、色無地は似つかわしからざる女」と書けば、大鷗外先生の時代だったら、それだけでキャラが立った。
だが、AIが小説家先生と呼ばれる令和に通じる話ではあるまい。だから言い直す。
春子は鏡に向かうよりも机に付いている時間の方が長いタイプの女だった。
当然、着るものに、こだわりはない。売れっ子マンガ家には、着道楽に割ける時間などない。
それでいて、彼女の描くキャラクターは、みんなスタイリッシュで着道楽と言う所が何ともおかしい。
オレは最初、春子の描くマンガに惚れた。
そして次に、描いた本人に惚れた。
タチの悪い大ウソつきで、神経質で自己中心的で、硬いが脆い、強いが弱い春子の人間性に。
恋とは恐ろしいもので、「この怪物はオレなんかの手に負える相手じゃない」と百も承知の上で、オレは彼女と深い仲に成ったんだ。
デレデレのハネムーンについては書かない。読者の皆様も、そんなの読みたくもないだろう。
(それでも聞きたいなら、銀座で一杯おごってくれ。一晩中でも語ってやる。)
二人とも「結婚適齢期、終わりかけ」で、一番ジレンマが苦しい時期にいた。
オレも彼女も結婚を焦っていた。どっちの方が激甚な焦りだったか、計測する単位もありはしないが。
男女間の礼儀だと思ったから、こっちからプロポーズした。
すると春子は、「ずっと一緒に居たいとは思うが、私はかわいいお嫁さんには、なれない」などと言う。
俗に言う「イヤよイヤよ」ではなく、本気で抵抗していた。
脅したり、すかしたりして、とにかく婚姻届に判を押させた。
もしもオレがコロリと死んだ後で、春子の妊娠が判明でもしようものなら、裁判の遺伝子鑑定のと言ったメンド臭い話に成るからだ。
「まず結婚し、子どもの事は心が落ち着いてから考えよう」などと言う悠長な事を言っている余裕はなかった。
茨の上の恋だと言う事は最初から分かっていた。
決断を先に延ばせば苦痛が増すだけだ。
ところがどっこい、オレの両親も、春子とは種族の違う怪物だった。
さすがオレの親だけあって、人を追い込むのは、お手のものだった。
しまいには「親か女か、どっちかを選べ」と言った環境になって来た。
もちろん、そんな事は、ひと言も言わない。
ロコツに要求を口にするのは三流の悪党がやる事だ。
「春子の顔を見たいから、とにかく一度、実家につれて来い」と言う話になった。
そんな雰囲気に負けて、オレは哀れな春子を剣闘士コロシアムに投げ込んだ。
その日、春子は赤のチェックをプリントした黄色いドレスを着て、オレの実家に現れた。
ファン・ミーティングで受けのいい、シンプルだがガーリーな、早い話が、かわいいドレスだった。
娘娘したドレスで、かわいらしかった、33歳の女が。
迎えるお袋は重武装だった。
黒のパンツに白のトップス。
それだけだったが、おろしたてじゃなく、洗いざらしのを「これでもか、これでもか」と言うほど漂白し、風通しの良い北側のベランダで平干しし、きっちりプレスして磨き上げたヤツだった。もちろん毛玉など一つもない。
どっちの女が「服を着て」、どっちの女が「服に着られて」いるのか一目瞭然だった。
「33歳の子ども」と「55歳の大年増」の「真昼の決闘」だ。春子に勝ち目があるワケがない。
ファン・ミーティングに寄り付いて来る子どもたちに受ける服と、女の意地をかけた戦闘服が同じワケないのだ。
この結婚は破れたと思い知った。
春子と駆け落ちしなかったのを後悔した。
オレのウツワじゃ、「春子にマンガを捨てさせて、二人だけで暮らせる世界に行く」だなんて、土台ムリな相談だったが。
春子のマンガが突然の連載休止。結婚生活の破綻を「それはそれ、これはこれ」と横に置いて仕事をするのは、さすがの春子でもムリだったのだ。
担当編集者のオレは立場を失った。
看板作品の失速は、他の作家の士気にも影響を及ぼし、雑誌全体がガタガタになる。
遂に編集長が春子の家に日参し、オレとの離婚+クビを交換条件に連載継続を承諾させた。
それ以降、オレは春子に会っていない。双方とも弁護士を通しての話になった。
和解契約に調印し、離婚届に判を押した後、春子の弁護士が封書を取り出した。
「全てが終わったら、あなたに渡してくれと、私の依頼人から預かっていたものです」と事務的に告げられた。
遠慮せず、その場で開封して、横にいるオレの弁護士に投げ渡した。
オレの酷使に耐え抜いた弁護士は、春子の手紙にザッと目を通して、こう言った。
「この手紙は法律的にどうこうと言う内容ではありませんよ。おうちに帰られて、落ち着いてから、ゆっくり読まれてはいかがですか?」
その手紙には、概略、以下のような事が書かれていた。
「恋愛と結婚は別だと言うが、私たちの場合は、それ以前の話で、恋と愛は別。恋を愛に育てるヒマが無かったんだと思う。身を焼くような恋を経験させてくれて、どうもありがとう。
転んでもタダでは起きない、あなたの元妻より。」
それからしばらく後、春子の着道楽マンガは、まあまあのオチを付けて連載を畳んだ。
その次号から、春子初のスポーツもの、女子サッカーマンガの連載が始まった。
データマンに下調査を丸投げしての作品じゃない事はすぐ分かった。
春子はサッカーにハマっている。
そのすぐ後、「春子がサッカーファンの男と同棲しているらしい」との噂が聞こえて来た。
彼女が何を考えているのかは、すぐ分かった。
今度はマンガの「マ」の字も知らない男を漁っていたのだ。
サッカーにハマったのが本気だったのか、いわゆる「ミイラ取りがミイラ」なのかは知ったこっちゃないが。
その噂を追いかけるように、「春子さんから結婚通知のハガキをもらったよ」と共通の友人に耳打ちされた。
「ハハーン」と思った。オレとの離婚が成立して、ちょうど六ヶ月を過ぎたばかりだったからだ。
時は昭和。女性には離婚後、六ヶ月の結婚禁止期間が法律で定められていたのである。
お二人さん、お幸せに。