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ルシカ(店名)

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その木材の看板には墨で"ルシカ"と書かれていた


「ここがみっちゃん気に入りの定食屋かい。看板の名前が定食屋らしくないね」

「かっちゃん、そりゃ昔っから言われてることさ。早く入ろうぜ」

「おーいす」


中に入ると、カウンターの奥で新聞を老眼鏡かけて読んでいる男が見えた


扉を閉めると、気づいたのかべらぼうにおおきな声で「らっしゃい!」と男は言った


「よっ!最後だから来ちゃった!」

「みっちゃん、来てくれたんか!いや〜最後の日だってのに客がさっぱりでさ、とにかく座ってくれよ」

「あいよ」


みっちゃんはカウンターの一番右の席に、私はその隣に座った


さて…メニューは


唐揚げに生姜焼きにトンカツに肉野菜炒めに

しぐれ煮?なんだこりゃ肉だらけじゃないか


「肉料理しか無いんか?」

「そうなんだよ、この店は肉料理しか無いんだ。でも、肉じゃがならあるよ」

「肉じゃが…ねぇ」


頬杖をついて私が悩んでいると、コップの水を喉へ押し込んでみっちゃんが「やっさん、俺、焼肉定食とチャーシュー炒飯で」と店主に向けて言った


私は悩んだ末「肉野菜炒めで」と言った


店主は黙って頷いて、フライパンをコンロに置いた


「みっちゃんはいつからこの店に?」

「ん、幼稚園の頃だとは思う。覚えてねぇや」

「そんな昔っから」


へぇ〜と関心する私に店外からバイクの通り過ぎる音がふわりと当たった


テーブル席の上の電灯がちかちか光っていた。傷があるかなり古いテーブルの様だ


「みっちゃんもおっきくなったな。初めてここに来た時はおっかあの袖を握って離さなかったのに」

「え〜そうだっけ?やっさん記憶力すごっ」

「じゃなきゃ店、ここまで続けられんよ」


店主とみっちゃんは互いにけらけら笑った。

二酸化炭素が不規則に私たちの周りを踊り回っていた。テレビは真っ暗、悲しいニュースも許しちゃくれなそうだ


「みっちゃん、炒飯もたれねぇか?」

またみっちゃんが水を喉奥へ押し込んだタイミングで私は聞いた


「かっちゃん、心配は無用!炒飯ぐらいじゃ

大丈夫だって!ほら、これもあるし」


ポケットから取り出したのは瓶に入った胃薬だった。最近、よくCMやってるやつだ


「ぷっ…CMみたい」

「ふふ、全くだ」

「だぁね」


店主も含め、私たちはけらけら笑った。お酒も入ってないのに不思議と気分がいい、そうだ今日は秋晴れだからな


「ほい、焼肉定食と炒飯おまち。肉野菜炒めは

もう少しお待ちくださいね」


音を立てて置かれたお盆からは湯気がもうもうと溢れていた。ご飯と味噌汁と茶色い焼肉が並んだ至って普通の定食な様だ


炒飯もチャーシューは大きく切ってあるぐらいで特に変わった特徴はない


みっちゃんはコップの水に胃薬のカプセルを

二粒落とすと、そのまま飲み干した


「あってんのかいその飲み方?」

「知らん、けどいつもこうしてる」


私は空になったコップにピッチャーの水を注いであげた。氷はすっかり溶けてしまった様だ


手を合わせて、まずは味噌汁をすすり、それから白米を口に押し込む、みっちゃんはいつもこうだ


「うまいかい?」と私が聞いたら

頬を膨らませてなにかむごむご言った


「お待たせ!肉野菜炒めね!これはサービス」


店主はカウンターに山盛りの野菜炒めを乗せた。その皿の隣にご飯としぐれ煮が置かれていた


ていうか定食でも無いのにご飯付いてくるのか。気前いいな


野菜炒めはしょっぱくて野菜より肉の割合が

高かった、しぐれ煮は甘くてどちらともごはんによく合う。しば漬けも中々美味しい


「しば漬け足んないならまだあるよ」

店主は瓶に入ったしば漬けをカウンターに

にこにこしながら置いた


みっちゃんはそれを雑に掴むと、蓋を開け

「ありがとな」と言って空になった炒飯の皿にしば漬けを山の様に乗せた


私は残ったしば漬けを全てご飯に乗せた


「そういや、何でやめちゃうすか?店」

気になっていた事を私は店主に聞いた


「いやね、鍋が振れなくなる前にね、引退しようかと思って、現役引退は綺麗な内にってやつ」

「なるほど」


否定も肯定もするのははしたないと思い、私は一言だけ返した。みっちゃんはしば漬けを喉に押し込んだと思えば


「昔はさぁ、互いに永遠に仕事するつもり

だったのになぁ。変わっちまったよなぁ」

と箸でつつきながら言った


「こら、みっちゃん箸で人を指しちゃだめ!

…って懐かしいなぁこれも」

「そりゃそうさ、俺らもそんな歳になっちまったからな」

「だろ?かっちゃん」


「ああだな」私は自分の手の皺をじっと見たまま返した


「そういや店名のルシカってどうしてあんな

名前にしたんすか?洋食屋っぽいけど」

気になっていた疑問を私はぶつけた


「…昔見た本でさ」


「何の名前かは忘れたが、とにかくきれいな

名前だと思ってさ、それを店に付けたんさ。

まあ、洋食屋でも良かったが、親父が肉料理だけでやれっつーもんでして」

「確かにきれいな名前だ、それでずっとやって来たんだから私からは否定出来ませんな」

「そんなオーバーな」


照れくさそうな顔で店主は禿頭を手で掻いた


「ふーごちそうさま。そんじゃかっちゃん行こうか」

「えー?みっちゃん、もう少しのんびりしてこうよ」

「ええんよ、ええんよ、長居したら店主さんも

片付けが間に合わんっしょ」


「でも…」と言いかけて店主が満足そうに笑っている顔を見て、やめた


「んじゃこれ、会計二人分ね」

みっちゃんはカウンターに二枚の一万円札を

そっと置いた。ピン札である


「つりはいらんよ、お別れ代だからね」

「もう…かっこつけちゃって」


店主はレジスターへ大事そうにピン札を

入れた


「じゃ、元気でね」

「あ、待って」


扉に指をかけたところで店主が私たちを呼び止めた


「これ、持ってきなよ。腹減っちまうから」

「え〜?」


みっちゃんが渡されたのはラップに包まれた

おむすびだった。大きさは手のひらぐらい


「そんな子供じゃあないんだから。ま、いいけど」

「うめぇぞ。これだけは自信あっからな」


ぱっきり店主は笑った。私はそれについて

言葉を交わすつもりは無かったがつい口が

滑って


「ほんとに仲がいいんですね。ふふ」と

ありふれた言葉をかけてしまった


そして、私たちは店を出た


そこから左方向に歩こうとしたその時、

二台の自転車が向かって来た


店の前で止まった自転車には黒いメッシュ帽にフクロウの財布を肩からぶら下げた男と

ポケットから財布がはみ出してる男が乗っており「焼肉〜」と言いながら店に入っていった


「な、さっさと店を出た方が良かっただろ」

みっちゃんはポケットに手を入れたまま言った


「みたいね」

笑ったら口の中に陽射しが吸い込まれてく様な気がした。秋晴れだからか気持ちがいい


「で、みっちゃんさっき貰ったおむすび中身なんだと思う?」

「普通、鮭か昆布かたらこじゃね?」

「それがそうじゃないんだな」


みっちゃんは優しく半分だけラップが剥がされたおむすびを私の手のひらに置いた


半分に割ってみると中身はたくあんであった


「たくあん入りとは珍しいね…はむっ」

「いつもそうなんだ多分赤ちゃんのころから」


振り返ることもせず私たちは歩いた

お行儀悪く食べ歩きをしながら

アスファルトに紅葉が一枚落ちていた


「ばいばいルシカ」


おわり

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