2話 初任務-前編-
キラキラと輝く太陽の下、木の葉の小さな葉擦れの音と小鳥たちの優雅な鳴き声が、俺たちに朝の訪れを知らせてくれる。
蛍光灯は切れかけ、天井の隙間にバレーボールが挟まっているというごくごく普通の階段踊り場へと、俺と副会長を含む4人が集められた。
そんな天井を見つめるスナギモ。
「……。」
「おい、スナギモ。なにか言いたげな顔だな。」
「体育館以外の天井にバレーボールが挟まっているのを俺は初めて見ました。あとその呼び方やめてください。」
「うちの学校も敷地不足でな。バレー部には悪いが、たまに体育館ではなく階段の踊り場で3段攻撃の練習をしてもらっているんだ。」
「この学校のバレー部にまともな練習環境はないんですか?」
「いやいや、選手たちからしても、この狭い空間で練習をすることによって空間把握能力なんかが上がったりするんだぞ。」
「それに我々生徒会からしても、なんか場所に困ったらとりあえずバレー部を踊り場に押し込めてけばいいやでWinWinの関係を築いているしな。」
いや、明らかにそれWinWinじゃなくてWinLoseだろ。
「いや、明らかにそれWinWinじゃなくてWinLoseですね。」
「おいおい、心の声が出てしまっているぞ。」
「人の心を勝手にのぞかないでください。」
「図星か。」
「……ていうか、そう思うなら少なくとも先輩もWinWinではないって思ってますよね。」
「……これだから最近のキャベツは価格高騰が、」
話題変えるの下手すぎだろ。
「まあ、雑談はこのくらいにしておいて。さっそくこれからの事について説明を行う。」
「まずこれから潜入する場所には、今いるこの3人で行ってもらう。」
「スナギモ以外の2人はもともと顔見知りだから、お前にこの2人の説明を軽くしておこう。」
「まず、こいつの名前は朝宮 陽菜。晴翔と同じ鷲中出身で空手の段を取っている有段者だ。」
薄い金髪で少し青みがかった目をしているな……外国出身か。
「そして、次にこいつは如月 晴翔。同じくこいつも鷲中出身で、こっちは柔道の有段者だ。……こいつの投げ技はやべえぞ。」
うん、こいつは見るからに脳筋って面してんな。
「以上この3人で行ってもらうから、お互いに軽くあいさつでもしておけ。」
てっきり1人で行くものかと思っていたが、俺以外にも2人生徒会長候補がいるのか。
まあ、この人たちが(勝手に)決めた生徒会長候補全員をまとめて行かせて、その場で一気に生徒会長にふさわしいのは誰か判断するつもりなんだろうけど。
……ん?
待てよ……ということは、つまりこの3人の中で最も目立たずに何の成果も挙げずにいれさえすれば、俺は生徒会長にならずに済むんじゃないのか……!?
ていうかむしろ、無能として今後一切生徒会から面倒事をふっかけられることもなくなるんじゃないか!?
……なるほど。
この勝負……うまく使えば、先輩から俺に対する興味を完全に失くせるかもしれない…!!
「ふっふっふ……」
そんな、勝負に勝ち戦いに負ける的なことを考えてるスナギモを前に、突如晴翔の甲高い笑い声が踊り場に響き渡った。
「ぶははっ!!お前スナギモって言うのかよ!!なんか美味そうだな。」
「こら、晴翔くん。人を名前だけで決めつけてはいけませんよ。一見美味しそうな人でも、実際はとても辛口な人だということもあるんですから。」
すかさず陽菜とかいうやつがフォローに入ってくれるが、まったくもってフォローになっていないぞ。
あと、あんまり人を美味しそうとか言わないの。いろいろ語弊を生むからっ。
まあ名前のことは、初対面の人にいじられるのには慣れてるし、別にいいんだけどさ。
「今日はよろしく、晴翔、陽菜さん。一応、俺周りからは間をとって”ナギ”って呼ばれてるからさ、できればそう呼んでくれ。」
「お、おっと……すまない。つい珍しい名前なもんで少しいじっちまった。気を悪くしたら許してくれ。」
「私の方も急に辛口とか言ってごめんなさい。人を名前で判断しちゃいけないって言っておきながら、自分が一番偏見を持っていたわね。」
ん?意外と優しいのか、この人たち。
「いやいや。そんな謝らなくてもいいよ。2人とも悪気があったわけじゃないし。」
「改めて俺はナギ、2人とも今日はよろしくな。」
「おう!!俺は晴翔だ。俺の方こそよろしく。……ちなみに俺、スナギモ結構好きだからお前とは仲良くなれそうだぜ!!ぶはははっ!!」」
「先ほどは本当に失礼いたしました。私、先刻ご紹介にあずかりました通り朝宮 陽菜と申します。こちらこそ今日はよろしくお願いしますね。……あ、ちなみに……私はとり皮派ですけど、ナギさんとうまくやっていけたらなと思ってますのでご安心を。」
「う、うん……」
うん、めちゃくちゃバカにしてるなこいつら。
「よし、じゃあ挨拶はそれくらいにして。さっそく潜入先の城へと向かうぞ。」
副会長から潜入先に関する軽い説明とお宝を盗み出した後の手順について確認した後、いざ潜入先の城へと俺たちは歩き出した。
ちなみに、歩き出したといっても潜入先までは徒歩で2時間かかる場所にありかなりの距離だ。なぜもっと近場にしなかったのか文句を言おうかと思ったが、この副会長に言ったところで空回りするだけだろうと思ってやめた。
その間、無言で歩くのもなんなので晴翔、陽菜さんと色々と会話をしながら向かった。
まず最初に驚いたのが、初めて陽菜さんを見たとき俺はうっかり外国人か日本とのハーフかと思っていたが、陽菜さん曰く親はどちらも日本人であり陽菜さん自身も日本生まれ日本育ちだというのだ。
え!?じゃあ、その髪と目の色は?と俺は思わず聞いたが、ごりごりのカラコンとヘアカラだった。
この学校も名前こそふざけてるものの、生徒のファッションに関してはかなり寛容らしい。
次に晴翔について話したときもかなり驚いた。こいつこそ純日本人だと思っていたのが、まさかのアメリカとバチカン市国のハーフだった。もはや日本の血0だ。
しかも写真を見せてもらったら、晴翔のアメリカの方の親はめちゃめちゃの金髪だし、バチカン市国の方の親もごりごりのヨーロッパ顔だった。
え!?じゃあ、その髪と日本風の顔は?と聞いたらこちらもごりごりのヘアカラだった。顔に関しては、日本の藤岡弘が好きすぎて神に毎日祈っていたらこんな顔になったらしい。
いや、顔の理由適当だなおい。
と、まあこんな感じで2人について色々と知ることができたのだが……同じように、この道中で2人の”性格”について多少なりとも分かったことがあった。
ちなみに2人の性格を多少なりとも分かった上で俺は言いたい……
こいつらとペアだけは組みたくねえ……
まず晴翔についてなのだが、いつもは仲間思いで熱気溢れる良いやつだ。うん、だけどやっぱり最初に思った通りこいつはごりごりの脳筋タイプだった。
潜入先へ向かっている道中、晴翔が歩くときの腕の振り過ぎで肩を脱臼したのだが、当の本人はまったく気にせず、無理やり肩を治して先へ進んだ。
そのうえ、副会長が「肩を痛めるぞ」と、晴翔の肩に湿布を張ろうとしたのだが晴翔は「これくらいただの葉っぱで十分ですよ」とヨモギでもなく、本当に近くにあったただの葉っぱを肩につけて満足していた始末だ。
俺は思った。こいつは仲間思いだし熱い男だから、たとえ俺がケガで動けなくなったとしても決して俺を見捨てるようなことはしないだろう。
だが俺は同時にこう悟った。
こいつはたとえ俺が全身粉砕骨折をするような重傷を負ったとしも、ただ、横で「痛いの痛いの飛んでけー」を繰り返すだけだろうと。
こんなやつとペアなんか組んだら、命がいくつあっても足りない。
俺の体の中の本能がそう言っている。
2人目の陽菜さんについては……うん、やばい人だった。
絶対この人裏とんでもない性格してる。なんなら、もう何人かやっちゃったことあるんじゃないかっていう感じの人だった。うん。
歩いてる途中、急に蝶のサナギ見つけたって騒ぎだしたから、なんだ陽菜さん虫が苦手なのかと思いながら振り返ったら……陽菜さん木の棒持って笑顔でサナギに突き刺してました。
しかも、陽菜さんずっと道の端を歩いてるなーと思っていたら、陽菜さん明らかに道端に生えてる花たちを1つ残らず踏み潰しながら歩いてました。ずっと。
小さい頃からやくざ絡みの抗争なんかをたくさん経験してきた俺にとって……うん……なんか初めて、心の底からやばいって思いました。
さらにその顔でやるからもっと怖い。
なんか金髪の人が持つ殺意って黒髪の人がもつ殺意よりも何倍も怖くない?(持論)
このように、今、こいつらと出会って早3時間だが早々に俺は俺の命の危機を感じている。
こんな脳筋野郎、ドS野郎と共に行動するなど、面倒事が起こらないはずがない、いや絶対面倒ごとが起きるに決まっている。
くっ…、なぜ俺はこうもまともな人生を送れないんだ……
俺はただ、普通の友達と普通の学校生活を送りたいだけなのに……
ナギがそんなことを考えているうちに、その思いが顔に出たのか横の晴翔が心配そうにナギに話しかける。
「……お、おい、お前大丈夫か?めっちゃ顔色悪いぞ。」
「お腹でも痛いのですか?私ちょうど、1年分のお便秘に効く超強力な下剤を持っていますので、よろしければお貸ししましょうか?」
なんだよ1年分のお便秘に効く下剤って。そんなやついたら、そいつとっくに腹が爆発してるわ。
「いやいや、全然大丈夫。ちょっと考え事してただけだから。」
「そうなのか?もしそうだったら、お前えらい深刻そうな顔してたぞ……」
「ナギ、なにか俺に手伝えることがあったらいつでも遠慮せず言ってくれよな。なんでも相談に乗るから。」
「そうよ、1人で考え込むのはあまりよくないわ。なにか困ったことがあったら私になんでも言って。力になれる範囲で手伝うから。」
「……っ!!」
思わずナギの顔に笑みがこぼれる。
そんなナギを前に、赤ん坊を抱きしめるかのような笑顔を2人は見せた。
「う、うん。2人ともありがとう……」
晴翔、陽菜よ……今お前たちが1番手伝えることは、今すぐ来た道を戻ることだ。
「よし、お前ら。おしゃべりはそれくらいして、そろそろ目的地に着くぞ。」
2時間歩いてついに着いたか。今日俺らが盗み出す、お宝とやらが眠っている城……
城については行く前に簡単な見取り図を渡されただけだから、俺もこの2人も実際に見るのはここが初めてだ。
勝負とだけあって、まあ一筋縄ではいかないところだろうしな。なにかしらの罠が仕掛けられていることは想定しておこう。
いつまでも絶望してても意味がないからな。こっからは腹くくってやるしかねえ。
あ、ちなみに、こういう潜入は初めてというわけではない。
幼稚園の頃、組長からの命令で隣の組の組長が5時間並んで手に入れたという「超濃厚プレシャスプリン」を盗み食いしてきたときに、潜入はすでに経験済みだ。
だが、油断は禁物。ここでも気を抜かずにいこう。
少し路地裏を歩いた後、ナギたちは目的地である”城”に着いた。
副会長が建物を指さす。
「よし着いたぞ、ここだ。」
「ここか………」
「………ん?」
「ふー、やっと着いたぜー。って、なんだ思ってたよりちっちぇな。もっとハリポタとかに出てくるようなでっかい城かと思ったぜ。」
「それでもかなりの大きさよ。こんな豪邸に住んでいるなんて、ここの住人はかなりの大物ね。」
んー………この建物どこかで見たことあるような気が…
「この家は少しワケありの住人が住んでいてな。昔は、多くのやばいやつらがこの家を出入りしてたといわれる場所だ。お前らも侵入するときは十分気を付けて入るようにな。」
「うへー、もしバレたらただじゃ済まないだろうなー。」
ワケありの住人……豪邸のように大きな家……やばいやつらのたまり場所……
ナギは門の横に立てかけてあった表札に目をやる。
「………片岡…信彦……」
…………。
…………えっ……片岡信彦!?
「ん?」
「お、おいナギ、お前ほんとに大丈夫か?顔色がまたすんげぇ悪いぞ。」
「なんだ、お前また体調が悪いのか。」
「い、いえ……、大丈夫です…」
おいおい、まじかよ……
「本当に大丈夫?きつかったりしたら遠慮せず言っていいんだよ?」
「い、いや、大丈夫だいじょうぶ…ちょっとまた考え事してて……」
見間違えじゃないよな……
「ったく、余計なこと考えてたら潜入に支障をきたすぞ、ちゃんと集中!!」
「は、はい……」
いや、だってこの家……
「よし。それじゃあ気を取り直して、お前ら行ってこい!!」
「……。」
「え……こういうときって、なんて返事したらいいんすか。」
「晴翔くん、そこは、ゴニョニョ……」
「あ、ああ!確かにな。」
「うん、じゃあいくよ、せぇの――」
この家……
「行ってきます!!」
「行ってきます!!」
幼稚園の頃の組長の自宅じゃねえかっ!!