1話 粉衣菓子高等学校入学
今日4月1日は、俺の新たな門出『私立 粉衣菓子高等学校』の入学式だ。
くっそ暑い炎天下の中、先日の台風の影響で花びらがすべて抜け落ちた桜の木に囲まれながら、俺は高校の門をくぐった――
「きみには生徒会長になってもらう。」
「……はい?」
俺の名前は「スナギモ ブタバラ レバー タンピンデ」
いや、別に焼き鳥の注文をしているわけではない。これが俺の本当の本名だ。
俺のイカれた親が、俺が生まれたときに居酒屋の注文票と出生届の氏名記入欄のところを間違えて記入してしまい、今のような名前になった。
当時俺はこの親を見て、生まれて3か月ながらこれからの自分の将来に絶望したのを鮮明に覚えている。
だが、そんな俺も今日から高校生だ。
3歳のときは、親に幼稚園の組とマフィアの組を間違えられて預けられ、7歳のときには、なぜか家の近くの日本語学院に6年間通わせられ、挙句の果てに13歳のときには、「お前はなんで中学にもなって、九九の1つもできないんだ」と親に言われて、「オックスフォード大学」で3年間、算数や国語を習わせられた俺だが、
ついに今日、やっとまともな学校生活を送れるようになるのだ。
今まで散々な人生を歩んできただけあって、俺は高校入学前に、心にあることを固く誓った。
決して目立たず、3年後の卒業まで平穏に学校生活を送ること。
3歳にしてマフィアたちから、銃の扱い方やケジメに関する教育を受けたり。中学生のときには世界トップクラスの大学で学者たちと意見を交わしてきた俺にとって、”刺激”だとか”青春”だなどといったことにはもうウンザリしている。
夕方の海辺で恋人と追いかけっこ?
中学のときに、コモド島で釣りをしていたら『コモドオオトカゲ』に追いかけられたことがあるので、そんな経験はいらない。
親友とのすれ違いでケンカ?
幼稚園のときに、ほかの組の大切な虎図で糞を拭いたら、組同士の大抗争が起きたことがあるので、そんな経験はいらない。
実年齢15歳にして、中身は大規模ギャングの幹部並みの経験を積んできた俺だ。
幼小中と続き、高校でも地獄の生活に戻ってたまるものか。俺は絶対に、この高校3年間を平穏に過ごしきってみせる。
そう誓いながら、俺は高校の門をくぐった――
「きみには生徒会長になってもらう。」
己の心に平穏に過ごすと誓って3秒、俺の覚悟は簡単に打ち砕かれた。
「……はい?」
「俺は、”現”副生徒会長の雨宮 隆二だ。見たところ、君には生徒会長としての素質が大いに感じられる。どうだ、生徒会長になってみないか。」
まじかよ。入学してまだ学校の一歩分の敷地しか歩いていない1年に生徒会長を進めてきたぞこの学校。
入学して早々だが、ほかの学校への編入手続きの準備を進めておいたほうがよさそうだな。
てか、ふつう選挙とかで生徒会長って決めるんじゃないの?これからの学校を担っていくような人材に入学ホヤホヤの1年を使ったら絶対だめだろ。
「え……」
とりあえず、ここは軽く受け流しとくか。
「いや俺、あんまり生徒会とか興味ないですし。そういう人まとめる系とか苦手で……。あと、俺1年ですし。」
「なにを言ってるんだ。生徒会長に学年など関係ない。それに、俺は君のそのリーダーとしての溢れ出る素質に惹かれて、こうやって勧誘しているんだ。もはや、君しかこの学校の生徒会長に向いているものなどいない!!」
おぉ……、出会って3秒でこんなにも俺の人間性を絶賛されるとは。でも、さすがに距離感近すぎて、絶対陰で悪口叩かれてるタイプだな、この人。
ああ、小さい頃、事務所で大人から「オレオレ」って言わされて、片っ端から老人に電話かけてたときのこと思い出すなぁ。
まあ、最初に電話した相手がまさかの元警視総監の自宅で、そのあとソッコー黒いスーツの大人が大勢、事務所に詰めかけてきたけど……
「いや、俺はちょっとそういうのは……」
「そう言わずに。ちょっと考えてくれるだけでもいいから!!」
「これは”君”だから言ってるんだよっ!!」
別の生徒会役員がまったく同じことを言って横の人を勧誘しているんだけどな……
「いや、でも……うーん。」
「頼む!!な?」
めちゃくちゃ勧誘してくるな……この人。
「あの、そんなに生徒会長を探しているんだったら、先輩たちの中から生徒会長を出せばいいじゃないですか。」
このままでは永遠に勧誘し続けられそうなので、軽くこちらから質問してみる。
見たところ、周りの数十名の生徒会全員が、新入生に生徒会長の勧誘をしているようだ。
こんなに1年を生徒会長に勧誘するくらいだったら、自分たちの中から生徒会長を出せば事足りる話だと思うが……なにか出せない理由でもあるのだろうか。
「いや、一応俺たちの中からも生徒会長を出そうとはしたんだが……」
「……だが?」
「まあ、ちょっと色々と事情があってな。俺たちの中からでは生徒会長を出せなかったんだ。」
なんだその、答えてない答えは。
「だがそんなところに君が現れた今、もはやこんな心配も不要だな。」
「やりませんよ?」
「お前も強情な奴だな。もはやここまできたら、生徒会長を受け入れたも同然だろ。」
勝手にここまで話を進めてきて、よく言えたな。
「わかったわかった。それでは、今から勝負をしよう。」
あ、これよくラノベとかである、負けたら君には○○をしてもらう!!的な展開になったぞ。これ負けたら、生徒会長にならなきゃいけないパターンじゃないか?
まずい、早く断らなくては。
「い、いや、俺勝負するとか一言も――」
「勝負の内容は、ずばり『先に城からお宝を盗み出したほうの勝ち』ゲームだ。」
あ、聞く気ねえな。そんでもって、なんだそのゲーム名。
「名前の通り、向こうにある城の中から先にお宝を1つでも盗んでこれた方の勝ちだ。時間制限はなし、安全のために一般市民に危険が伴うことも禁止とする。」
「いや、なに勝手に話進めてるんですか。俺やるとか言ってませんし。」
「それに、そもそも城に潜入して、中のお宝を盗むとか……それ普通に犯罪でしょ。」
「安心しろ。潜入する城の一部はわが学校が所有しているものなので治外法権だ。」
所有してる場所、便所とか言わねえだろうな。
「それに、中のお宝も校長のものなので、ぶっちゃけ盗まれたところでなんともない。」
校長の扱いが田舎のじいちゃんレベル。
「さらに、城内にはいたるところに監視カメラがあるので、なにかあったらすぐ城の警備員が駆け付けてくるぞ。」
「それはもはや潜入というより、小学生が夜の学校に潜りこむレベルですね。」
なるほど。どうやら最大限の安全は確保されているということらしい。
正直、平穏な学校生活を送ると決めた俺にとってこの勝負はその平穏を脅かしえないものだが……
ここで勝負を受けないで今後ずっと勧誘され続けるくらいなら、今勝ってしまった方が後々良いかもな。
目の前に、カモを捕まえるかのような目で俺を見る先輩の顔が映る。
うん。この先輩ならほんとにずっと勧誘し続けそうだ。
「……分かりました。その勝負、受けて立ちましょう。」
「よし、取引成立だな。」
「その代わり、勝ったらもう勧誘してこないでくださいよ?」
「当たり前だ。俺が約束を破るようなやつに見えるか?」
「失礼ですが、そういう風にしか見えません。」
「人を見る目がないやつだな。安心しろ、約束は必ず守る。」
「それが、我が粉衣菓子生徒会のモットーだ。」
不安だな……
そのモットーとやらを守り抜いてくれることを願いつつ、俺は学校ではなく、学校が所有する治外法権の城に向かって。
そして、俺の平穏な学校生活の夢に向かって、大きな一歩を踏み出した。