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真反対に猫を愛す

 猫の一生は短い。長くて20年。短くて数時間。

 例えば栄養が足らず、鳥に襲われ、あるいは母に見捨てられ、簡単に命を落とす。


 世知辛い世の中だと思う反面、猫はあまり頓着していない。人間がそんな状況下にあれば酷いストレスだろうが、猫はそれでも一日のほとんどを寝て過ごす。

 しかしそれは、幸福という事ではないのだ。慌てふためいても無意味であるというだけで、本当だったら長生きの方がいいに決まっている。


 だがらだ。飼い猫とは、猫の中でも一番の幸せ者だ。

 猫好きの飼い主と、いつだって用意される餌。温かい寝床と、天敵の存在しない空間。


 飼い主を好む好まずは関係がない。猫は犬のように喜び勇んで表したりしないが、それでも自分が幸福である事を知っているのだから。


 ◆


「人間の勝手で動物を飼うなんて! わがままだとは思わないの!?」

「思わないわ」


 智子は、真顔で答える。会話の相手は、友人の美知恵である。最近熱心な保護活動を行っているらしく、智子が猫を飼っていると聞いて声を荒げ始めた。


「動物が飼ってほしいなんて言ったの!? 人間のエゴでこんな狭い場所に閉じ込めるなんて可哀そうよ! ほら御覧なさい、その証拠に猫はいつだって外を見てるじゃないの!」

「子供がしたい事を全部してあげる事が幸せなわけじゃないわ。ダメだと言ってあげる事が親の責任だもの」

「子供と違って動物は自分で暮らせる能力があるじゃないの!」

「そうせざるを得ないだけであって、その子が望んだわけじゃないわ。飼っても野生でも望んでいないのだから、安全な方が幸せなんじゃない?」

「それはあなたの意見でしょう!? その子がそう言ったわけじゃない!」

「そっくりそのままお返しするわ。うちのミナちゃんがお外で暮らしたいって言ったわけじゃない」

「詭弁よ!」


 話は平行線である。お互いに譲れない部分であり、相手の事をわからずやだと思っている。

 猫と話せない人間では、明確な答えなど出よう筈もないのだ。特に、犬ほど表情豊かではない猫であればなおさら。


 ミィ~、と。猫が鳴く。智子の飼い猫であるミナだ。真っ白の体毛は光を放つようで、猫の美しさを際立てている。

 ミナは智子の膝の上に乗り、頭をなでる事を強要する。額を手に押し付け、なでるのが遅いと視線で催促をする。


「野生を知らないその子を手懐けた気になって……可哀想だわ!」

「大声を出さないで。ビックリさせちゃうから」

「……話を逸らさないで」


 美知恵は声を落とす。動物が好きだから活動をしており、何より猫が嫌がるのなら逆らう理由はない。


「逸らしてるつもりじゃないの。でも、私にとっては大切な事だから」

「そりゃ……大切だろうけど……」


 ミナは呑気なもので、喧嘩している二人の間に寝ころんでゴロゴロと喉を鳴らしている。


「知ってる? 美知恵。野生の猫はね、あまり鳴かないんだって」

「……それがどうしたの?」

「そもそも、猫は大人になるとあまり鳴かないものらしいわ。猫が鳴くのは威嚇の時と、子猫が親に甘える時くらいなんですって」

「だから、それがどうかしたの? 今の話と関係ないじゃない」

「あるわ。だってあなたは聞いたもの。ミナは私に鳴いたのよ」


 野生に対して、飼い猫はかなり頻繁に鳴き声を出す。そして、その多くは飼い主に向かってだ。

 もしも、猫が人間の事を嫌っているなら、そんな事は決して起こらない。智子は、それを信頼の証拠だと言っているのだ。

 猫と、人間。異種間の信頼の証拠に。


「でも、智子。それは結局人間がそう言っているだけよ。違うかもしれないじゃない。勘違いかもしれないじゃない。私はそれが不安で仕方がないの。もしかしたら、あなたの考えは全部全然違っていて、専門家の予想も全部間違っていて、私たちは動物を苦しめているかもしれないのよ?」

「そんなの人間同士でも同じよ。相手が嘘を言っているかもしれないんだもの。言葉を信用するのは結局、相手を信頼しているからだわ。だったら、猫を信頼してもおかしくないじゃない」

「…………」


 まだ、美知恵は納得していない。智子には分かる。なにせ、ミナに対するのと同じくらい、美知恵とも友達なのだから。

 だから、悲しそうにされるのは苦手だ。相手が悲しいと、智子も悲しくなってしまうから。


「ねえ、美知恵。私はあなたの活動を批判しているわけではないの。だって、悪い飼い主はたくさんいるんだもの。多頭飼い崩壊や、虐待なんて上げれば枚挙にいとまがないからね。そういう時、あなたのような熱心な人がきっと役に立つと思うの。私には、それほどの熱意がないんだもの」

「……そうね」


 完全な納得ではない。お腹の奥の方に重たい物がまだ残っている様子だ。しかし、これ以上指摘はしない事に決めたらしい。ある程度認められたからだろう。


 友人だから、互いに理解できた。もしも赤の他人なら、わだかまりの残ったまま一応の納得などできよう筈もない。


「いたっ。ちょっとミナ」

「ミィン」

「はは。やっぱり信頼なんてされてないんじゃない? 嫌われてるかも」

「そ、そんな事ないわ。ほら! 舐めてくれてる! なんて可愛いのかしら!!」

「大声出さないの。ビックリさせちゃうでしょ」

「言うわね」


 二人は、おそらくいつまでも友達だ。何度も喧嘩して、何度も絶交しようと考えて。それでもきっと友達でなくなったりはしない。

 そして、ミナもまた、一生仲のいい友人であり続ける。少なくとも、二人と一匹はそうありたいと思っている。

執筆きっかり一時間

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