魂の奥底へ
「パフ、焼いちゃえ!」
『ぎゃーう!』
ソフィーの魔力を受けて、パフが火を放つ。
「無駄だよ、ドミニクの『反射魔法』は俺達ケイオスを後押しする世界の解釈で、あらゆる攻撃を跳ね返す力になったのさ!」
だけど、オグルには届かない。
ドミニクの魔法を手に入れて、しかもケイオスの力で強化されたオグルは、パフの体の何倍もある巨大な火球を、手をかざすだけで完全に止めてしまった。
「そんな……」
「しかも脆弱な人間とは違う、俺達の力は無尽蔵だ! 魔力を吸収し、何倍にもしてお返ししてやるよ……こんな風になァ!」
いや、止めるだけじゃない。
ぎゅうぎゅうに圧縮されたように小さくなった火球を、ソフィーに弾き返したんだ。
しかもその火球は、パフの炎よりも何倍も早い。
「ソフィー様!」
俺が動くよりも早くテレサが割って入り、斧で防ごうとした。
「きゃああああっ!」
大斧『ベノムバイト』を粉々に砕き、火球はソフィーとパフ、テレサを巻き込んで学園の壁に叩きつけた。
「テレサ、ソフィー!」
火傷はしていないみたいだけど、ジークリンデのように恐怖のオーラに包まれ、3人が悶え苦しむのが見える。
すべての攻撃を反射する上に、当たれば一撃でアウトなんて、反則にもほどがある。
「君達の攻撃なんて何ひとつ通用しない! ドミニク・オグルは無敵だ、この世界すべての魔導士が束になってかかってきたところでかすり傷もつけられないさ!」
「これだけ攻撃をぶつけても、む、無傷なんて……」
「どうしろってんだよ、あんなチート野郎……!」
残された俺とクラリスが、ゆっくりと迫りくるオグルに向かって魔法を構えようとした時だった。
「……クソ」
「?」
不意に、オグルが足を止めた。
「この、まだ生きてやがったのか、死にぞこないが!」
そして、自分の腹や顔を、狂ったように殴り始めたんだ。
「虫けらの人間の分際で、俺の中で永遠に眠っていろ! 希望なんて抱くな、恐怖だけを吐き出していればいいんだよォ!」
あいつに自傷癖があるようには思えないし、自分を攻撃しているようにも見えない。
だとすれば、オグルが攻撃しているのはひとりだ。
「……ドムはまだ、完全に吸収されてないのか……?」
――オグルの中にいるはずの、オグルだ。
ドミニクがケイオスの中にいて、しかもまだその一部として完全に取り込まれないように抵抗しているとするなら、あるいは。
必死に最善の策を頭に巡らせる俺の前で、オグルは自分を殴るのをやめた。
「ふう、待たせたね。それじゃあ、今度こそちゃんと殺してあげるよ」
オグルが槍を掲げるのと、俺がほとんど反射的に魔法を使うのはほぼ同時だった。
「融合魔法レベル6『黒炭の壁』!」
地面に手を当てると、黒く焦げた岩でできた土魔法の壁が、かまくらのように俺とクラリスを覆い尽くした。
「おやおや、今更になって防御に徹するのかい?」
はっきり言って防御壁としては、オグルに到底通用しないだろう。
俺が狙ってるのは、こいつの慢心がもたらす猶予だ。
「いいよ、絶望は恐怖を増幅させるだろうし、乗ってあげよう。3分だけ時間をあげるから、せいぜい無駄な考えを俺に見せてくれ」
よし、予想通り。
がしゃん、と槍を置く音が聞こえると、俺は自分が負けるわけがないと思い込んでるオグルと壁1枚を挟んで、クラリスを近くに引き寄せた。
「……ね、ネイトさん……何か、策があるのですか……?」
「クラリス、お前の幽霊魔法って人形だけじゃなくて、人の心の中に入り込むってのはできるのか? 例えば――」
俺の作戦は、この状況を打開できる作戦はひとつしかない。
「――例えば、俺がオグルの中に入ってドミニクの心を助け出すとかは?」
クラリスの魔法で、俺自身を幽体離脱させてオグルの中に飛び込む。
そしてドミニクを引きずり出し、あいつから反射魔法を奪い取るんだ。
「……り、理屈では……可能ですが……や、やめてください……」
暗闇でも分かるくらい、クラリスはぶんぶんと首を横に振った。
「中身のない人形だから、ボクも入れるんです……もしも、人の中に……しかもケイオスの中に、は、入れば……何が、起きるか……」
「それでも、やってみないとな」
気持ちは嬉しいが、あらゆる魔法が通じない現状、俺が使える手段はこれしかない。
「悔しいけど、今のオグルに俺の攻撃は全部通じない。でも、ドムを引きはがして反射魔法を奪ってやれば、まだ勝機はある」
失敗すれば死ぬとしても。
最悪の結果が起きようとも、賭けられるすべてに賭けたい。
じゃないと俺は、ドミニクとの約束なんて守れないんだ。
「クラリス、俺を幽体化してくれ。隙を作って、オグルの中に飛び込む!」
きっと真摯な目でクラリスを見つめると、彼女はたっぷり時間をかけて迷った後、俺の手をきゅっと握って言った。
「……ぜ、絶対に……帰ってきて、くださいね……」
俺が頷くと、オグルの嫌な声が響いた。
「3分経ったよ! さて、どんな顔をして絶望しているのか――」
もうためらいはしない。
シェルターを解除するのと同時に、俺とクラリスは魔法を放った。
「融合魔法レベル8『大岩石大津波』!」
「幽霊魔法『アクリョウガトリング』!」
かなりの威力を誇る魔法だけど、当然、今のオグルには通用しない。
「ハハハハハ! 何かと思えば、破れかぶれの技か!」
槍を使うまでも、手をかざすまでもなく、オグルは魔法を消失させた。
でも、ここまでの行動はすべて予想の範囲内だ。
俺達が使った魔法が広範囲の視界を防ぐ規模の魔法であることも、オグルが調子に乗って反撃しないことも――。
「――今だ、クラリス!」
「はい! 幽霊魔法……『トリツキコントロヲル』!」
――続けざまにクラリスが俺に触れて、体から飛び出た魂だけの俺が突撃するのも!
「何ィ!?」
流石のオグルもこれは予想外だったうえに、俺の魂に反射魔法は使えなかったようで、驚くほど簡単に敵の体の中にぬるりと入り込めた。
まるでコールタールの中に沈み込むような、嫌な感覚。
視界がたちまち黒く染まって、見えなくなる。
(これが、心の中に入っていく感覚……冷たい、怖い、でも……!)
でも、前を進むのを止めたりはしない。
泳ぐように闇を突っ切る俺の意志は、ただひとつ。
「今助けに行くぞ――ドム!」
絶対に、絶対に、ドムを助けるんだ!
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