絶望的なチカラ
こうなったオグルは、もう部屋に長居なんてしない。
「早速トライスフィアに向かうとしようか! ハハハハハ!」
天井に頭がつきそうなほど巨大な怪物は、黒い槍の一振りで壁を粉々に破壊した。
そうしてこっちを一瞥もせず、絶叫の中へと飛び出していった。
「ネイト様、起きてください、ネイト様」
「わ、分かってるっての……」
どうにか体を起こし、骨が折れていないか確かめる俺のそばで、テレサが外を覗く。
「敵は部屋を破壊して、トライスフィア魔導学園の方角に向かいました。ここからそう遠くありません、騎士団や警邏隊が出動しようとお構いなしでしょう」
ここからオグルを追っても、俺の足じゃトライスフィアに到着するまで間に合わない。
だったら、恥ずかしいけど手段はひとつだけだ。
「テレサ……俺を、その、運んでくれ!」
「かしこまりました。テレサのお姫様抱っこにお任せください」
「そこを強調しなくていいんだよ!」
ツッコミをスルーして、テレサは俺を抱っこすると、壁の穴から外へ出た。
王都の大通りは細かく枝分かれした道が多いけど、オグルがどこに行ったのかは一目瞭然で、あいつが通った後には破壊が溢れてる。
家が砕かれ、道が潰され、偶然遭遇した警邏隊や騎士が倒れてた。
「う、うう、あうあああ……」
「ひいい……ひいい……」
しかも彼らは、皆一様に黒いオーラに包まれ、怪我を負ってがくがくと震えてるんだ。
超高速でテレサに走ってもらいながら、俺はオグルがどんな攻撃を仕掛けてきたのか、その答えをあっさりと導き出した。
「オグルの恐怖に感染すると、ああなるのか……誰を狙ってるとかじゃない、怖いと思った状態で攻撃を受ければ強制的に感染する……!」
もう、あいつは恐怖を集めるケイオスじゃない。
オグルは恐怖を集め終えて、それを広める害悪そのものだ。
「つまり、テレサ達は常に恐れを知らないまま戦い続ければならない、と」
「厄介なんてもんじゃねえな。しかもあいつは、ドムの魔法を……いた!」
テレサの俊足のおかげで、俺達はもうトライスフィアに近づいていた。
つまり、校門を踏み越えようとする巨大なオグルが目に入って――後ろから攻撃を叩き込むチャンスもあるってわけだ。
「融合魔法レベル7! 『破天砲』!」
ほとんど反射的に、俺は火と雷の融合魔法、2色の魔法砲撃を叩き込んだ。
普通の魔物や生徒くらいなら10メートルは吹っ飛ばして再起不能にできる攻撃も、こっちに気付いたオグルが手をかざしただけで弾かれ、虚空に消えた。
「遅かったね、ネイト。無駄な攻撃、ご苦労様」
兜の奥で笑うオグルを飛び越えたテレサが、ばっと校門の前に立つ。
そこにはソフィーやクラリス、ジークリンデもいた。
「ネイト君、無事だったんだね!」
テレサに下ろしてもらいながら、俺は仲間達と共にオグルと向かい合う。
「皆、こいつをトライスフィア学園の地下に行かせちゃいけない。そこに眠ってるヴィヴィオグルに恐怖の負のエネルギーを与えて、蘇らせるつもりだ」
「やっぱり、こいつは昨日までここで暴れていたオグルなのね?」
「もっとたちが悪い……こいつはドムを取り込んで、『反射魔法』を手に入れた。無尽蔵の魔力で、攻撃を全部跳ね返しちまうんだ」
俺がそう言うと、皆の顔に驚愕の色が浮かんだ。
「ええっ!?」
「そ、そ、そんな……」
中でも一番ショックを受けているのは、ジークリンデだ。
そりゃそうだ。恐怖を知らないと豪語していた、自分が信頼する師匠が、まさかケイオスに呑み込まれるなんてありえないと思うよな。
「……信じたくなかったけど、やっぱりそうなのね。魔法の質で察したわ」
「しかも恐怖を覚えれば、あいつの攻撃をくらうだけで恐れに支配される。今のオグルはめちゃくちゃ強いけど、ビビったら負けだ!」
ぐっと拳を握り締めて、俺は仲間達の前で強く頷く。
ここで負けると思ったら、勝てないと思ったらこの世界が終わるんだ。
「俺達ならやれる! コイツだけは絶対、この防衛ラインを越えさせねえぞ!」
両手に魔力を灯した俺の動きに合わせるように、ソフィー達が一斉に戦闘態勢を取る。
「うん!」
『ぎゃう!』
「はい!」
「かしこまりました」
テレサの大斧と火、幽霊、氷、融合された雷槍がまとめて放たれた。
「「一斉魔法攻撃だあああッ!」」
これまでオグルをことごとく撃破してきた、魔法の波状攻撃。
ヴァリアントナイツ必殺の連続魔法は、防御する間もないオグルに直撃した。
怪物どころか周囲の地面を削り取り、破壊の余波でまわりの木々が吹き飛ぶほどの破壊をもたらした末に、俺達は手を止めた。
これで、オグルを倒せたと確信したからじゃない。
「……言ったろ? 無駄だってさ」
途中で気づいたんだ。
さっきから放ち続けている魔法が、オグルにまったく当たっていないって。
ドミニクのように反射を魔法名として宣言せずとも、オグルは恐らく無条件であらゆる攻撃を反射して、無効化できるんだと俺は直感した。
「……わ、私達の魔法が……」
「傷ひとつつけられねえ、だと……!?」
「ひるんじゃダメ! ここで絶対に仕留めなきゃ、ドミニクが――」
唖然とする俺達の中で、唯一ジークリンデだけが周りを奮い立たせようとしてくれた。
「が……ッ!?」
彼女の姿が、見えなくなるまで。
オグルが繰り出した一撃で、噴水まで吹き飛ばされたと俺達が認識できるまで、だ。
「……え」
粉々に砕かれた噴水と、その下に水浸しで横たわるジークリンデ。
そこから視線を正面に戻すと、黒い槍を突き出すオグルの姿があった。
「ジークリンデ・ハーケンベルク。ドミニク・ゴールディングの能力を知っているからと油断したね。しかし、その油断が命取りだ」
槍の先端が歪むさまから、俺はすべてを察した。
「槍から反射魔法を放つ、なんてのは予想外だったかな?」
こいつは反射魔法をものにして――ビームのように放てるんだ。
しかもそこに、オグル本来の恐怖を付与する力まで足してやがる。
「う、あ、あああああああッ!」
黒いオーラに憑りつかれて、ジークリンデがもだえ苦しむ。
彼女ほどの人間でも振り払えないのなら、あの攻撃は触れるだけで恐怖と狂気を増幅させて再起不能にする、一撃必殺の技だ。
「ジークリンデさん! くそ、こんな……!」
彼女を介抱してやりたいけど、そうはいかない。
「人の心配をしている場合かい? もう、君達は逃げられないんだよ」
オグルが俺達全員を兜の奥の目で捉え、睨んでいるからだ。
「さて……ヴィヴィオグルのもとに向かうついでに、ケイオスに抵抗するマヌケの恐怖を食い尽くそうか!」
目があった途端――俺は、初めてぞっとした。
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