ドミニク・オグル
「――本当に学園を離れられるのですか、ネイト様?」
「1日だけな。ドムが外に出る間だけ、あいつについて行けば、何があっても俺が助けられるだろ?」
いよいよドミニクが死ぬ当日。
俺は居ても立ってもいられなくなって、テレサを連れて王都にあるドミニクが泊まっている宿までやって来た。
流石はドミニク、宿も一級品で超豪華だ。
「ドミニク様であれば、単身でもケイオスを討伐可能であると思いますが」
「万が一を考えてるんだよ」
青いカーペットが敷かれた廊下を歩きながら、俺はテレサに言った。
「ソフィーやクラリスのことと、オグルの感染についてはジークリンデさんに任せるよ。本当はテレサも、皆を守ってほしかったんだけど……」
「ご友人が心配なのは分かりますが、テレサはネイト様のメイドですので」
「分かってるよ。テレサはいつだって、俺のメイドだ」
そりゃあヒロイン達も心配だ。
でも、あの程度のオグルなら、ジークリンデ達でも撃退できると知った以上、俺がいるのは過剰戦力だしな。
何より今日死ぬかもしれない兄を、放ってはおけないだろ。
「さてと、宿の主人はドムがまだ外に出てないって言ってたし……まだ、いるよな?」
長い廊下の端にあるドアが、宿の主人から聞いたドミニクが泊まっている部屋だ。
俺は深呼吸してから、軽くノックした。
「ドム。俺だ、ネイトだ。入ってもいいか?」
返事がない。
もう日は昇ってるし、寝坊するようなやつじゃないはずだけど。
「……ドム? 入るぞ?」
俺とテレサは頷き合って、ドアノブを引いた。
鍵のかかっていないドアは驚くほどあっさりと開いて、俺の目の前に、吸い込まれそうなほど静かな部屋を映し出した。
「…………」
その中心に、ドミニクはいた。
いつもの格好で、俺達に背を向けるようにして俯き、ぼんやりと立っている。
「何やってるんだよ、ドム。今日は朝から、王都を離れるって約束……」
てっきり寝ぼけているのかと思ったけど、違う。
何かがおかしい、ドミニクの纏う雰囲気じゃない。
「ドミニク様。ネイト様を無視されるのは、テレサが――」
「あいつに近づくな、テレサ」
「ネイト様?」
テレサを手で制して、俺はそいつを睨んだ。
「窓の外ばっかり見てないで、こっち向けよ」
ぴくり、と軽く肩を震わせてから、ドミニクの姿をした何かがくるりと振り向いた。
その身なり、髪型、体躯は間違いなくドミニクだった。
「あの、顔は……」
まるでくりぬかれたように真っ黒にくぼんだ、眼窩以外は。
骸骨の如く奇怪な顔つきに変貌していたドミニクは、異形の顔で笑い出した。
「……あ、はは、ははは、あはははははははッ!」
耳をつんざく声は――オグルのものだ。
「どうして分かったんだい、俺の気配は完全に消していたのにねえ! 兄弟にしか分からない絆とか、俺の知らない魔法でも使ったのかな!」
「ドムに何をしやがった、オグル!」
「何も? ただ彼の恐怖を見抜いて、食らい尽くして、心と体を手に入れただけだよ!」
俺の中に生まれた最悪の予測は、オグルの高笑いで確実になった。
こいつはドミニクの中にあった恐怖を感知して、昨日の間に感染していたんだ。
「とはいえ大したものだね、今の今まで俺の支配に抵抗し続けていたのさ。おかげでここを一刻も早く出たかったのに、かなり無駄な力を使わされたね……だけど!」
くぼんだ目からどろどろと黒い塊をこぼしながら、オグルが狂喜に満ちた表情でドミニクの体をかきむしる。
「この恐怖、この魔力、この強靭さ! すべてが俺に適合し、最強のケイオスとしての力を与えてくれた! 今の俺は、戦闘能力だけならヴィヴィオグル以上だよ!」
口の中に生えそろったギザギザの歯を見せびらかすように、オグルが叫んだ。
「気分がいいから名乗らせてもらおう――今の俺は、ドミニク・オグルだ!」
自分はドミニクで、オグルでもあると。
俺の兄を呑み込んで、完全な存在になってみせたんだって。
「まさか、ドミニク様が支配されるとは。テレサも想定外でございます」
テレサですら驚きを隠せない中、俺に湧きあがってきた感情は戸惑いじゃなかった。
「……ふざけんじゃねえぞ」
俺の心臓からふつふつと込み上げてきたのは、怒りだ。
兄の体を奪い、あまつさえ自分のもののように扱って高笑いするクソ野郎への、とめどなく溢れ出す怒りだ。
「ドムがテメェみたいな、クソみたいな寄生虫に負けるわけないだろうが! あいつは誰よりも強くて、誰よりも頭のいい、俺の兄貴なんだぞ!」
「君の? 笑わせるなよ、ネイトのだろう?」
「俺とドムの繋がりも知らねえくせに、でかい口叩いてんじゃねえ!」
誰が何と言おうと、俺がネイトでなくても、ドミニクは俺の立派な兄だ。
そんな体に乗り移ってるクズ野郎をぶっ飛ばすのが、弟の役目だろ!
「雷魔法レベル5、風魔法レベル5! 融合魔法レベル10――『雷迅狗印魄斗』ッ!」
俺はレベル10、最大出力の融合魔法を使うのをためらわなかった。
ドミニクが支配されているというなら、強烈な一撃を叩き込んでやるのがいいと思ったし、超高速の蹴りならまず避けられない。
そう、思っていた。
「融合魔法、か。まったく、くだらないなッ!」
雷をまとった俺の蹴りがオグルに当たる直前、みしり、と空間が歪んだ。
そして俺の体が、蹴りが突っ込む方向と真逆に吹き飛んだ。
「ぐああああっ!?」
「ネイト様!」
宿の壁を突き破り、呻く俺にテレサが駆け寄る。
背骨が軋む痛みに耐えながら起き上がる俺は、その力が何なのかを理解していた。
「この、力……まさか……!?」
信じられないけど、これはオグルが取り込んだ人間の力だ。
「君と遊んであげたい気持ちはあるけど、恐怖はもう十分に溜まったんだ。後はトライスフィアの地下に行くだけだから、邪魔をしないでほしいね」
しかも奴は、ドミニクの体を黒い塊で覆っていく。
どろどろしたそれが形作るのは、人間よりも何倍も大きく、宿の一室なんかじゃ収まりきらない人型の怪物。
甲冑のようにも見えるそれの兜の奥から、白い目が俺を睨む。
そいつは間違いなく、最悪の存在だ。
「それに――『反射魔法』を手に入れた俺に、本気で勝てると思っているのかい?」
反射魔法と、ケイオスの力。
ふたつを兼ね備えた漆黒の騎士――オグルが、俺の前に生まれたんだ。
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