【side???】FEAR
ネイトが真実を話した日の夜。
「……あのネイトが、こうも強くなるとはな」
とある宿の一室で、ドミニクは窓のそばで外の景色を眺めていた。
月に照らされる静かな街並みを見下ろす彼の目に映るのは、夕方のやり取りだ。
「私が守られるなぞ、思ってもみなかったが……そうか、私の命はあと1日、か」
ネイトの話が正しく、明日には自分が死んでいると言われても、ドミニクには正直完全に信じられなかった。
そして仮に信じたとしても、とても受け入れたくもない。
彼は、天命を全うする時はゴールディングの領主となり、民を守り切ってからだと心から誓っていたのだ。
「……まだ、死ぬわけには……」
死を受け入れるには、まだ早すぎる。
ひとりごちて、彼が窓を静かに閉めた時だった。
『――そう。明日には、君は死ぬんだよ』
窓の中の部屋に、黒い影が映った。
うごめき、揺らめく漆黒の幻影――間違いなくケイオスだと、ドミニクは直感した。
「反射魔法『天譴』!」
ほとんど反射的に、ドミニクは振り返って手をかざした。
彼の手から放たれたエネルギーの波動は、黒い影に逃げる間も与えず、壁に叩きつけてみしみしと縛り付ける。
『ゴギャアア!』
学園で大暴れしていたケイオスといえど、ドミニクの魔法には抵抗できないらしい。
指1本動かせない様子でもがくケイオスに、彼はゆっくりと近づいてゆく。
「ケイオスというのは、神出鬼没らしいからな。そっちの方から出てきてくれて助かる。ついでに、反射魔法に太刀打ちできると考えるほどの間抜けで、なおありがたい」
彼は目を光らせる黒い影が、あのオグルであると察した。
「随分と強靭なのだな。オークやリザードマン程度なら圧力に耐えられず肉塊になるほどの威力だというのに……ああ、そうか」
しかも、その秘密まで見抜いているのだ。
ぐぐいと顔を近づけて、ドミニクはオグルの心臓に言葉を突き刺すように言った。
「これまでのオグルはすべて偽りで、お前が本物だな?」
『ククク……違うよ、あれは全部本物さ。ただ、餌にする恐怖が弱かっただけだよ』
だが、オグルは苦し気な調子のまま、けらけらと笑った。
『俺はヴィヴィオグルから恐怖を直接受け取ったから、これだけのスペックを持っているんだ。そう、例えば――こうやって!』
しかもその苦しさすら、たちまち消え去った。
『魔法で対抗できるとたかをくくったマヌケを、捕えられるくらいにはねッ!』
まずい――これは演技だ。
そうドミニクが悟り、距離を取ろうとしたが、遅かった。
「ぐっ……!?」
いきなり自由に動いたオグルの右手が、ドミニクの首を掴んだ瞬間、彼の視界がたちまち暗黒の闇に塗りつぶされた。
これもケイオスの邪悪な力かと思った彼が目をつむり、もう一度開くと、そこは宿の一室などではなかった。
彼が立っているのは、見慣れた城下町。
間違いなく、ゴールディング家の領地だ。
「……これは……」
『俺達ケイオスが、本来進むべき未来。あのネイト・ヴィクター・ゴールディングが横槍を入れなかった、本当に正しい未来の姿だよ』
オグルの声が聞こえたかと思うと、街がたちまち炎とケイオスの群れに包まれた。
「……!」
おぞましい破壊と殺戮が、彼の目の前で繰り広げられる。
建物が崩れ落ち、ごうごうと燃えさかる火が人々を焼き、逃げ惑う領民をケイオスがひとり残らず殺し尽くし、食らい尽くす。
「ドミニク様、ドミニク様あああッ!」
「ぎゃああああ!」
「助けて、誰か助けて!」
群衆が口々に、身動きひとつ取れないドミニクに助けを求める。
その声が、言葉が呪いのように、彼の心臓に突き刺さる。
『ほら、見えるかい? 君が何よりも幸せにしようとして、何よりも守りたいと願った領地の人々がケイオスに殺され、食われてゆくさまが?』
「……幻覚か。くだらん真似を、反射してやれば……」
『幻覚なんかじゃないさ。これはいずれ来る未来、絶対に逃れようのない、死と恐怖に満ち溢れた未来だ』
オグルの声で人々の亡骸と炎が消え去り、暗闇に何かがひとつだけ残った。
ドミニクはケイオス如きがどうやって心を揺らがせるのかと思い、目を凝らした。
『あそこを見てごらん。あれこそが、君が隠し続けた恐怖そのものだよ』
そして、顔をこわばらせた。
「……ドム……」
闇の中、一筋の光に照らされていたのはネイトだ。
地に這いつくばり、血に塗れ、体中に無残な傷を負って、今にも死にかけた顔でドミニクを見つめているのだ。
「……ネイト!」
ドミニクの上ずった声を聞き、オグルの言葉に喜びが入り混じる。
『あのネイトも例外じゃない。仲間を守ろうと必死に戦ったけど、ひとり、またひとりとケイオスになぶられて、無残な最期を遂げたのさ。そして後悔するんだよ――何もしなければ、もっと楽に死ねたかもしれないのに、ってね』
「ドム、助けて! やだ、死にたくない、俺はまだ死にたくないんだ!」
必死に命乞いをして、ネイトが腕を伸ばしてくる。
「……やめろ……」
ドミニクが漏らした言葉を嘲笑うように、闇の中から飛び出したケイオスの群れがネイトに取りついた。
「ぎゃああああああああ! 痛い、痛い痛い痛いいいいいいい!」
影の中に消えていくネイトの腕が、足が、体が、首が飛び散る。
耳をつんざく断末魔と共に光が消え、代わりにごろりとネイトの首が転がってきた。
「よせ、やめろ! これは幻覚だ、ネイトの死も滅びもすべてまやかし――」
とうとうドミニクが声を荒げた瞬間、彼は自分の首筋に嫌なものを感じた。
『――だけど君は、恐怖したね』
オグルの声と、オグルの指。
黒い影の指先が肌に触れたかと思うと、彼の体にずぶずぶと入り込んできたのだ。
『アハハハハハ! 予想通りだ、君は恐怖を乗り越えたような顔をしておきながら、すべてを失うことも、弟の命を絶たれることも恐怖していたんだ! 反射魔法というのは、さしずめそれを隠すためのヴェールだったのかなァ!?』
「うぐ、ぐ、ぐ……!」
どうにか抵抗しようとしたドミニクだが、もう体の自由が利かない。
彼はオグルに、恐怖を晒してしまったのだから。
『だけど、俺の前でもう恐れは隠せない。ずっと人前に曝け出さなかった恐怖を食わせてもらうよ。そして、この魔力には利用価値がある』
ドミニクの体と意識が、宿の部屋に戻ってきても、肉体は動かせない。
目玉も、口の中すら黒く染まってゆくドミニクの魂が、ケイオスに汚される。
彼は知らなかったのだ――オグルが最も求めていた上質な恐怖と魔力の持ち主が、ドミニク・エドガー・ゴールディングであると。
『君こそが、ヴィヴィオグル復活の鍵なんだよ……まだ少し暴れているみたいだけど、じっくりと呑み込んであげるからね』
ドミニクの体で、オグルが笑った。
腹の中で抵抗する本来の意識すら、恐怖の味付けであると言いたげに。
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