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私が信じたお前が

 オグルが暴走した日の夕方、俺達はまた聖徒会室に集まってた。

 想像を絶する恐ろしい事件が起きて、聖騎士団の介入もうわさされる中で、この部屋を使わせてもらえたのは、ドミニクの権限のおかげだ。

 ただし、今回はダスティーはいない。

 ここにいるのは、俺が助けた人、助けようとした人だけだ。


「……ネイト君、それってホントーなの?」

「トライスフィアの地下にケイオスの本丸が眠ってるなんてのも信じられないけど、もっとデンジャラスな情報ね。事実とは思いたくないけど……」

「ああ、本当だ」


 ソフィーや皆が目を丸くしているのは、俺が今しがた話した内容のせいだ。


「――俺は、皆を死の運命から助けるために、トライスフィアに来たんだ」


 俺が伝えたのは、皆の死の未来と、それを回避した現実についてだ。

 ゲームの世界である点や俺が転生者である点は伝えられなかったけど、とにかく皆が死の危機に(ひん)していたのは伝わったはずだ。

 真実を一部だけでも告げる必要があると思ったのは、ここにいるドミニクを、どうしても1日だけトライスフィアから引き離したかったから。

 要するに、手段を選んでいられなくなったってわけだよ。


「詳しくは言えないけど、俺には予知というか、未来が分かってて……皆が死ぬ未来が見えたんだ。その未来を変えるために、これまで戦ってたんだよ」

「にわかには、し、信じられません……ボク達が、まさか……」

「でも、俺は会ったことのないエイダのことを知ってただろ?」

「……確かに……」


 納得してくれたクラリスの前で、俺は話を続ける。


「ひとりでどこかに行ったソフィーを見つけられた。テレサを支配していたケイオスの正体を知っていた。ジークリンデさんは……想定外のトラブルが多すぎて驚いたけど、どうにか守り切った」


 ジークリンデだけはシナリオが途中だから何とも言えなかったんだけど、少なくとも脅威から救い出せたのは事実だ。

 ただ、どうやっても話せるのはこれが限界で、不信感もあるはずだ。


「ごめん。俺が言えるのはここまでで、うまく説明もできないんだよ。だけど、他の全部が信じられなくても、これだけは真実だって信じてほしいんだ!」


 すべてを承知の上で、俺は頭を下げた。

 少しだけ沈黙が流れてから、ジークリンデが口を開いた。


「……深くは追及しないわ。ネイト、貴方がワタシ達を守ろうとしてくれてただけで、信じるには十分だもの」


 俺が顔を上げると、皆が笑ってくれていた。

 荒唐無稽(こうとうむけい)な話を――皆が、信じてくれたんだ。


「やっぱりネイト君は、皆を守るヒーローだったんだね♪」

『ぎゃうぎゃう♪』

「も、もし……姉さんがいても……ボクみたいに、し、信じると……思います……!」

「テレサは永遠に、ネイト様を疑うことはございません」


 ヴァリアントナイツの皆が揃ってそう言ってから、テレサはじっと、壁際に立っていたドミニクに顔を向けた。


「ドミニク様。ネイト様が信じられないかもしれない、自らの秘密を打ち明けた理由が分からないほど、貴方は鈍感ではないとテレサは知っておりますが」

「……分かっている」


 静かに歩み寄ってきて、ドミニクは俺の目をじっと見つめる。


「ネイト、私がトライスフィアで3日後に死ぬと知っているから、お前はどうにかして私をここから遠ざけようとしたんだな」

「そうだよ。絶対に安全なんて言えないけど、俺にはそれしかできないんだ」


 これで死の回避を確約できるわけじゃない。

 だとしても、今の俺にはこの手段をとるしかできない。


「でも、約束するよ、ドム。ここに帰ってきた時には、オグルを絶対にぶっ潰して、ヴィヴィオグルを滅ぼす。そしたら……」

「言うな、ネイト。それは楽しみに取っておこう」


 ドミニクが、俺の話を遮った。

 そのまま俺達の誰も見ずに、外へと続く扉に手をかける。


「明日1日、トライスフィアを外して王都からも離れる。魔道具を持っていくから、いつでも連絡できるようにしておく。すべて終わったら、私に連絡をよこせ。ヴィヴィオグルを調べるのは、その後の方がいい」


 昨日と同じだけど、ドミニクの結論は違っていた。

 ドミニクは俺を――俺達を信じてくれたんだ。


「明後日に、また会おう。お前達、ネイトを任せたぞ」


 ドアが閉まってドミニクの姿が見えなくなっても、誰も心配そうにはしていなかった。

 それは彼を見限ったからじゃなくて、彼が自分の言葉に従って、明日だけ俺達を頼ってくれたことへの安心感からだ。

 だから、皆は顔を見合わせて頷いていた。

 ただ――俺だけは、どうしてもたまらなくなって、聖徒会室の外に出た。


「ドム!」


 俺はまだ廊下を歩いているドムのもとまで駆け寄った。

 振り返った彼の、少し驚いた目を見つめながら、俺は何とか言葉を(つむ)ごうとした。


「……俺は、まだ言えてなかったけど、実は、ネイトってのは……」


 でも、出てこない。

 ひとつだけ、ドミニクという兄に隠していちゃいけない話を伝えないといけないのに、俺がネイトじゃないんだって言わなきゃいけないのに。

 何とかしろ、俺。

 どうにかして俺の正体を告げなきゃ、きっとそんな機会は永遠に――。


「……私の知るネイト・ヴィクター・ゴールディングは、私を毛嫌いし、憎み、妬み、しかし努力も何もしない男だった。嫌悪するに値しない、目障りだと思う価値もない男だ」


 なんて考えているうちに、ドミニクの方が言った。

 いつもとどこか違う声に、俺は思わずはっとした。


「ところが、ある日彼は私にこう言った。強くなりたいと……これまで一度だって見たことがないほど真面目な目で、私に頭を下げ、教えを請うた。そして私が驚くほどの速さで強くなり、今や学園の闇を打ち砕こうとしている。とても、誇りに思う」


 優しさだ。

 厳しさの中にいつも隠れていたそれを、ドミニクは今、まっすぐに伝えてくれている。

 愛情と同じ気持ちで、教えてくれている。


「お前がネイトでも、()()()()()()()、大事なのはそこじゃない」


 そしてドミニクは、俺が本物のネイトじゃないのも知ってる。

 どうしてかって、俺が聞いても分かるわけがない。

 ドミニクは俺のすべてを見抜くくらい理知的で、俺にとって自慢の兄なんだ。


「私が信じたお前が、私にとっての(ネイト)だ」


 そして彼にとっても――俺が()()だ。

 ただその一言だけで、背中にのしかかっていたものがすっと落ちた気がした。


「……ったく、怖いものなしだな、あんたは」


 そして俺は、何気なくドムの強さを褒めたんだ。

 もう、怖いものなんてないと思ってさ。




「――怖いさ」




 だから――こんな返事は、予想なんてしてなかった。


「え?」


 俺が問い直す間もなく、ドミニクは背を向けて歩き出した。


「何でもない。ネイト、信じているぞ」


 今度はもう、彼は立ち止まってくれない。

 そんな気がして、俺はドミニクを追わず、ただ立ち尽くすばかりだった。

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