パンデミックを止めろ!
『『キュオオオオオッ!』』
確かに廊下、壁、天井をはい回るオグルの数は尋常じゃないけど、はっきり言って昨日戦ったオグルほどの強さは感じられない。
攻撃もさっとかわせる速度だし、反撃で白い刃を叩き込んでやれば一撃で消滅する。
「甲高い声がうるせえんだよ、このッ!」
だとしても、数の暴力は並じゃないんだけどな。
これじゃあカマキリというより、ゴキブリって言ってやったほうが近い気がするぜ。
しかもこのゴキブリは、階段を下りながら戦う俺達の視界の端で、他の生徒から負の意志を吸い取って、まだ新しい仲間を生み出してるんだ。
ああ――これはちょっと、まずいかもしれない。
「ネイト様、数が多すぎます。今なお他の生徒を襲って増えている状況ですので、このまま戦ってもこちらの魔力が枯渇するかと」
「分かってるよ! でも、援軍を呼べる状況じゃねえな!」
一転して追い詰められつつある中、俺とテレサは押し迫るオグルを武器で食い止める。
人の顔をしたカマキリみたいな怪物がぐいぐいと近づく状況は、なかなかのホラーだ。
『どうだい、俺の恐ろしさが分かったかい?』
俺を圧し潰そうとするオグルのうちの1匹が、ケタケタと笑う。
『ギリゴル、ハファーマル、アディオルだけじゃない、すべてのケイオスがあるじと呼んでいただけの力はあるだろう! なんせそいつらすべての特殊な力を、俺は兼ね備えているからね!』
しかもこいつは、これまでのケイオスのボスだと言い出しやがった。
ギリゴルの再生能力、ハファーマルの俊敏さ、アディオルの増殖する力を兼ね備えているんだから、主でもおかしくないんだろうけど、それはちょっと予想外だったぞ。
「ケイオスが、同類を主人扱いかよ! てっきり黒幕がいると思ってたぞ!」
『彼らはそう思ってるさ! 黒幕の認識がすり替わっただけだよ!』
ガキン、と純白の剣でオグルを斬り払っても、次のオグルが叫び散らす。
『言っておくけど、ヴィヴィオグルが目覚めれば、これ以上に早く恐怖は広まってゆく! 世界は簡単に終焉を迎えるだろう!』
「わざわざ話してくれるなんて、これまで通り余裕たっぷりなんだな……オラッ!」
今度は思い切り力を込めてやると、少しだけ敵の勢いが弱まった。
『当然だよ。希望を持たせた方が、絶望は美味になるものだからね』
それでもオグルは、余裕しゃくしゃくといった態度だ。
『君はこれから、たっぷりと絶望していくんだ。真相と未来を知っていながら何もできず、仲間がひとり、またひとりと死んでいくさまを最後の最後まで眺めて、転生しなければよかったと思えるくらいに苦しんでほしいんだよ!』
オグルの言葉に、俺は一瞬だけ心を奪われかけた。
「その汚い口を閉じてください」
でも、テレサが大斧でオグルの首を刎ねると、俺は我に返った。
転生云々の事情を知っている奴がバッドエンドについて語ると、俺はどうしても怖いからか手が止まってしまうんだ。
「ネイト様、いかなる事情があるかは存じませんが、敵の言葉に耳を傾けてはいけません。ケイオスが心を蝕む病であるのなら、心を傷つけようとするでしょう」
そしてそれは、テレサの言う通り、俺の心を崩そうとするオグルの常とう手段だ。
「……分かってるよ! でもありがとな、テレサ!」
「感謝の極み、いぇーいでございます」
テレサが無表情のピースサインを見せた時、外から声が聞こえてきた。
「ネイトくーん!」
パフの脚に掴まって飛んできたのは、ソフィーとクラリスだ。
「ソフィー、パフ! クラリスも!」
思わず顔をほころばせる俺の前で、パフがオグルに突っ込み、敵が散り散りになる。
勢いをそのまま保ったまま、ふたりは俺のそばに駆け寄ってきた。
「じょ、女子寮のオグルは倒しました……1匹も残ってません、フヒ」
「本当か!? あいつらは、取り込んだ生徒を媒体にして増えるんだぞ!?」
「カイチョーさんが凍らせて、ぜーんぶ止めてくれたから大丈夫だよ!」
なるほど、ここにいないジークリンデは先に女子寮に行ったのか。
確かにあの人の氷魔法なら、オグルがどれだけいようがまとめて凍らせられるし、ウイルスに絶対零度は天敵だ。
しかもそこに、ソフィーとクラリスまでいるんだから、負ける理由はないよな。
「本当に……頼りになるな、皆は!」
さて、ほろりと仲間の強さに感動するのはここまで。
ここからは仲間と一緒に、男子寮の一斉除菌といこうじゃないか。
「俺があいつらを引き付けて寮の外に出すから、集まったところをまとめて最大威力の魔法で消し炭にする! ヴァリアントナイツ、四方からの集中攻撃で倒すぞ!」
4人と1匹が頷き合い、作戦は何も言わずとも始まった。
まずは一番オグルが倒したいと思っている俺が、わざと男子寮の外に誘導する。
「こっちだ、来い! クソザコオグルがいきがってんじゃねーぞ!」
『『ギュギイイイイイイッ!』』
階段を下りながら挑発してやると、敵は思った以上に乗ってくれた。
ギリゴルの時もそうだったけど、こいつらは人間よりも長い間この世界にいたからか、プライドだけは成層圏を突破するくらい高いんだよな。
なら、今回はそれを利用させてもらうぜ。
「来い、来い、来い来い来いッ!」
吹き抜けを飛び降り、外に通じる扉を蹴破って後ろを振り返れば、オグルが全部俺についてきてやがる。
そっちはとんでもない数で俺を仕留めようと思ってるんだろうが、そうはいかない。
「これで全部だな! だったら――いくぞ、ヴァリアントナイツ!」
なぜなら――オグルを囲むように、俺と仲間達が最強の魔法を叩き込むからだ。
「融合魔法レベル10! 『希望無き永久の雨』!」
敵を滅するまで降り注ぎ続ける氷の槍。
「竜火魔法『へるふぁいあ』ーっ!」
『ぎゃおああああ!』
並の炎を飲み込む、竜の鋪野の津波。
「幽霊魔法『オンネンガトリング』!」
骸骨人形の口から放たれる、おぞましい怨念の弾丸。
「カティム式斧闘術『大斧薙ぎ』でございます」
竜巻と見紛うほどの速度で投げつけられた大斧。
そのすべてが直撃した時、オグルなんかが耐えられるはずがなかった。
『『アアアアアアアアアァァァー……ッ!』』
オグルの群れは4つの魔法攻撃の集中砲火を浴び、たちまち消滅した。
影も形も残らず、誰かに感染する余裕もなく、完全に消え去ったんだ。
「はあ、はあ……どうだ、オグルは全部倒せたか!?」
肩で息をする俺の隣で、テレサ達が頷く。
「間違いなく、目覚めていた分は倒せました」
「後は……他の生徒から、生まれた……オグルを倒すだけ、ですね……」
ただ、まだ完全にオグルの撃破には至っていないみたいだ。
恐怖を植え付けられた生徒の中から生まれたオグルが、また他の生徒にうつる前に、徹底的に潰しておかないといけない。
1匹でも逃せば、今度は学園どころか、王都に被害が及ぶかもしれないからだ。
そして同時に、俺はもう、自分の恐怖から逃げるのをやめる決意をしていた。
「……それが無事に終わったら、皆を聖徒会室に集めよう」
運命に逆らい続けるのは、俺ひとりじゃできやしない。
「話したいことが――隠していたことが、あるんだ」
転生した事実を除いて、すべてを話す時が来たと、俺は覚悟した。
仲間を、この世界を――ドミニクを守るために。
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