悪夢、開幕
「……様……イト……」
テレサが俺を呼ぶ声が聞こえる。
「……うん……?」
どうしたんだと目をこすり、ゆっくりとベッドから起き上がる。
仲間にもみくちゃにされてから夕飯を食べて、ベッドに入るまでの間の記憶がおぼろげだけど、そのままぐっすり熟睡してしまったみたいだ。
「――ネイト様、お目覚めになりましたか」
テレサが起こしに来てくれたのはありがたいけど、トライスフィアは休校してるんだから、もう少し寝かせてくれてもいいのに。
「……テレサ……今日から、休校だろ……朝の訓練なら、後で……」
「そうではございません、ネイト様」
彼女は目を擦る俺の服をすぽぽーんと脱がして、制服を着せた。
だから、学校で授業はないのに。
「生徒が住まう寮にて、火急の事態が起きております。今すぐ避難の準備をしてください、テレサが避難通路までご案内いたします」
ぼんやりとそう考えていた俺の思考にかかるもやが、急に晴れた。
避難――テレサは今、避難が必要だって言った。
「火急の事態?」
「仕方ありません、一度ネイト様の目でお確かめください」
どういう意味かと首を傾げる俺の手を引いて、彼女は俺を部屋の外に連れ出した。
「――え」
寮の外に出た時、俺は自分の目を疑った。
長い長い廊下は今まさに、逃げ惑う生徒と黒いカマキリのような影――ケイオス・オグルが大暴れする地獄絵図と化していたからだ。
「うわあああああ!」
「先生、パパ、誰か助けてえええ!」
部屋から逃げ出そうとする生徒を、オグルが引きずってゆく。
魔力の波動が放たれ、何人もの生徒が吹き飛び、寮の壁が粉々になる。
「やめろ、来るな、来るな……あああああ!?」
特にまずいのは、オグルに取り込まれた生徒だ。
ずぶずぶと影の中に沈んでいったかと思うと、食虫植物が養分を吸いとるかの如く生徒のエネルギーを吸い取って、背中からまったく別の――同じオグルを生み出したんだ。
負の意志や生命力を吸われた生徒は、げっそりと痩せ細って放り出される。
「あいつは友達なんです、お願いです……!」
「よせ、もう手遅れだよ!」
生徒を置いて逃げ出す学友が横を通り抜けていくのを感じ、俺は我に返った。
「なんで……なんで、あのオグルが、しかもあれだけの数、寮にいるんだ!?」
「どうやら負の意志を吸い取った生徒を媒体として増殖するようでございます。昨日襲われた先生が、最初の感染源と推測できます」
「感染源って……それじゃまるで、流行り病か何か――」
自分で言った言葉が、昨日遭遇したケイオスの遺言を思い出させる。
『ハハハ……俺は、恐怖の病……感染し、またすぐに現れるのさ……!』
あの言葉の意味が、やっと分かった。
オグルは恐怖により広まる、ウイルスそのものなんだ。
「……恐怖を与えたやつから生まれ、ネズミ算式に増える……それがオグルの能力だってのか……!」
人から負の意志を奪い取って、それを形にして別のオグルを作り、そのオグルがもう一度人を襲ってオグルを増やす。
この前戦ったアディオルは単純に数が多いだけだったし、戦闘力もさほど高くなかったのに対し、こいつは無尽蔵に増えるし個体が強い。
こんなのをもし止められなかったら、ヒロインどころか世界がバッドエンドだ。
くそったれ、俺ひとりを止めるために世界ってのはここまでやるのかよ。
「さっき、生徒が住む寮って言ったな! ソフィー達は無事か!?」
「道中、オグルを撃退しながら無事を確認いたしました。テレサが先に到着しましたが、じきに男子寮に来られるでしょう」
「ジークリンデさんは!?」
「ダスティー様と一緒に、校舎への生徒の避難に協力しております」
「……ドムは!」
「トライスフィアの外の宿にて待機しておられるかと。学園の敷地内には今日は来られていないと……今は、信じるほかございません」
悲鳴と絶叫が響き渡る男子寮で、テレサが俺の手を握った。
「それに、テレサはネイト様のメイドでございます。ドミニク様も心配ですが、ネイト様の命であろうと、あなたのそばを離れるわけにはまいりません」
こうとまで言ってくれるテレサを、無理矢理突き放すわけにはいかないよな。
「……だったら、この状況を何とかして、ドムの無事を確かめないとな」
ドムや仲間の安全を確認するなら、汚物を焼却する必要がありそうだ。
「テレサ、まずはあいつらを全員ぶっ飛ばすぞ!」
「そうおっしゃるとは予想しておりました。日課の洗顔と訓練は後にいたしまして、ひとまず怪物退治とまいりましょう」
大斧を構えたテレサと頷き合い、俺達は同時に駆け出した。
「やだ、やだやだあああっ!」
ひとまずぶちのめすのは、今まさに目の前で生徒を襲おうとしているオグルだ。
あいつが男子を取り込んで増える前に、一気に命を奪う必要がある。
「融合魔法レベル6『白刃剣』!」
「ぶっ潰してごらんに入れましょう」
俺が風と水の融合魔法で生み出した純白の剣と、テレサの大斧がたちまちオグルの両手足と頭を斬り落とした。
ついでに、男子を黒い影から引きずり出すのも忘れずにな。
首を刎ね飛ばすと生命活動を止めるのか、オグルはぐずぐずと溶けていった。
「ご、ゴールディング、お前……」
男子は何かを聞きたそうにしてるけど、今は答えてやれる余裕がない。
「そこで倒れてるやつを連れて、向こうの階段から逃げろ! あいつはこっちで引き寄せるから、寮を出たら学園の方に向かえ!」
俺は近くにうつぶせになっている他の生徒を指さした。
「でも、あんたは……」
まだ何かを聞こうとしてるところ悪いが、返事する暇なんてないんだよ。
なんせ、生徒を襲っていたほとんどのオグルが俺の存在に気付いたからだ。
『見つけたぞ、ゴールディングウウゥゥ!』
一斉にオグルが叫んだのを見て、男子生徒が漏らした。
「いいから行け、次捕まっても助けてやらねえぞ!」
こうとまで言って、やっとそいつは他の生徒を担いで近くの階段からどたどたと逃げ出した。
そっちにオグルがいないのを祈るしかないが、まあ、何とかしてもらうしかない。
第一、俺達だって他人の心配ばかりしてられる立場じゃないしな。
「さて、ここからが正念場だな」
「ご安心ください、テレサが背中をお守りいたします」
「ああ、そりゃ――何よりも安心だ!」
廊下の奥から迫りくる数十のケイオスを迎え撃つべく、俺達は武器を構えた。
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