作戦会議の聖徒会室
「――それは厄介な話だわ」
新顔のケイオス、オグルがトライスフィアを襲撃した日の放課後、俺達ヴァリアントナイツとジークリンデ、ダスティー、ドミニクは聖徒会室にいた。
理由はもちろん、俺が聞いた話の一部を伝えて、情報を共有するためだ。
「ネイト、貴方の話をまとめると……これまで貴方やヴァリアントナイツを狙ってきたケイオスとはまるで違う、まったく新しいルールで動くケイオスが現れたのね?」
「正確に言えば、あのケイオス……オグルにルールはないです。反転世界も出さず、何かと契約した様子もなく、あそこまで人前で暴れるケイオスは、これまでいませんでした」
俺が話したのはオグルが契約を必要としないケイオスであることと、人前で暴れるケイオスがいなかったということ。
話さなかったのは、ゲームそのものの存在を知っていることと、本来死ぬべき筋書きが崩壊していることだ。
特に後者は、口が裂けても言えない。
本来死ぬべき人間が死ななかったから、他の人が襲われているなんて。
「お、おまけに……トライスフィアを休校に、追い込んでます……」
しかもオグルは副産物として、トライスフィアに生徒が残れないようにした。
先生も複数人診療所に運ばれる事態に直面して、聖徒会や学園の運営委員会は、一時的に休校状態にするように命令を出した。
俺もソフィー達も、明日からしばらく寮での待機生活だ。
ったく、まるで本当にパンデミックに遭遇したみたいじゃないか。
「生徒達には寮室で待機するか、不安であれば自宅に戻るよう指示を出しましたが、あまり聞いてはくれませんわね。誰もが不安で、浮足立っているようですわ」
ダスティーも尽力してくれているみたいだけど、どうしても学園の不安はぬぐえない。
「それがオグルとやらの狙いかも。恐怖を食べる怪物には、ごちそう同然よ」
「これではまるで、テレサ達への宣戦布告でございますね」
宣戦布告という意味じゃあ、間違いないし大成功だろうな。
講堂を襲撃するなんて、半端にテロ活動をするよりもずっと、生徒や先生に恐怖を植え付けるのにうってつけだ。
「トライスフィアの皆を怖がらせるなんて、ゼッタイ許せないよ! 私もパフも、今度はケイオスをやっつけちゃうからね、ネイト君!」
『ぎゃあーう!』
火を吹いて怒りを見せるソフィーとパフの前で、俺は首を横に振った。
「……いや、俺に対する宣戦布告だ」
皆の視線が、俺に集まった。
それでも俺は、言わなきゃいけなかった。
オグルの狙いが、ゲームを歪めたやつなんだって。
「あのオグルってケイオスは、学園の地下にヴィヴィオグルが眠ってるとか言ってた。ケイオスの親玉で、これまでのやつらは皆、あれを蘇らせるために恐怖とか怒りとかの、負の意思を集め続けてた」
オグルの真の目的は、ヴィヴィオグルとかいうケイオスの覚醒――恐らくは『フュージョンライズ・サーガ』のラスボスの覚醒だ。
その準備が整っているというのに、どうしてまだ俺を狙うのか。
「そしてオグルは言ったんだ、ほとんど集め終えてるって……それでもまだ、こうやってトライスフィアで暴れだしたのは、今までケイオスを倒してきた俺へのあてつけだ」
理由は間違いなく、俺から恐怖を集めること。
復讐と実益を兼ねていると思えば、これ以上の良策はないだろうよ。
「考えすぎ、では……?」
「ネイト、想像を膨らませすぎるのはよくないわ」
ジークリンデやクラリスが慰めてくれても、現実は変わらない。
「……俺が、世界の壊しちゃいけないところまで足を踏み入れたからだ」
オグルは俺の、一番突かれたくないところを突き刺してきた。
(俺は今まで、原作知識とチート魔法さえあれば、どんなバッドエンドも回避して最高のハッピーエンドを迎えられるって、根拠もなく信じてた)
ただただひたすらにハッピーエンドを求めて、何が起きるかを理解しちゃいなかった。
理解しようともしなかったし、今が幸せならそれでいいとすら思っていた。
(でも、俺はやりすぎたんだ。本来死ぬべきだった人を救って、運命をぶち壊したなら、どこかでひずみが生じる。オグルはきっと、その世界のひずみを無理やり修正して、終わるべき世界を終わらせに来た存在だ)
世界そのものが、俺の敵になりつつある。
(そもそも俺は、『フュージョンライズ・サーガ』を途中までしかクリアしてなかったじゃねえか! なのに何もかもを知ったような気でいて、誰にも真実を告げずにいたんだ!)
半端に世界を敵に回したつけを、払わなきゃいけない時が来ている。
(でも、言えるわけないだろ! ドムが、皆が死ぬだなんて――)
誰も死なせたくない。
どうすればいいんだ。
俺がやって来たことのせいで最悪の事態が近づいているなら、俺は――。
「聞いているのか、ネイト」
ぽん、と肩に手が乗った。
ネガティブな考えが霧散していくような感覚に囚われながら、俺が振り向くと、いつもよりずっと険しい顔つきのドミニクがいた。
「ドム……」
俺が何かを言う前に、ドミニクから口を開く。
「お前が何を知っていているのかは、この際考えるな。今、大事なのはトライスフィアに根付く怪物とその根源をどうするか……それだけ考えていればいい」
厳しくも励ましてくれるのはありがたいけど、その本人があと2日で死ぬんだぞ。
「……でも、ドム。ここにいると、ドムが……」
「今のお前に、私を守っている余裕があると?」
「うっ……」
だけど、こう言われると俺には反論できやしない。
現にドミニクが死ぬ可能性よりも、彼がフォローしてくれていなかったなら、俺や他の生徒が死んでいた可能性の方が高いんだから。
まったく、なんて情けないやつなんだよ、俺は。
「……お前はお前にしかできないことがある。オライオン嬢にブレイディ、テレサやそこのジークと副会長を守るのは、私でなく、お前の務めだ」
ドミニクは俺の頭をくしゃっと撫でて、言った。
「未来を恐れるな。その恐怖こそ、やつの餌食になる」
そうして昨日のように、聖徒会室をすたすたと出て行ってしまった。
彼を引き留める言葉も意志も、俺にはなかった。
「……ああ言ってるけど、本音は貴方が心配なのよ。ドミニクって、素直じゃないから」
「……ありがとう、ございます……」
それでも心の中にどうしてもしこりが残っているのを、きっとジークリンデくらい人の感情にアンテナを張れる人なら、察しているに違いない。
もっとも、そうでないなら無理矢理悲しみを喜びに変えるやつもいる。
「ネイト君を励まし隊、突撃ーっ!」
例えば、いきなり俺に突進してきたヴァリアントナイツの皆がそうだ。
「わ、わあああっ!?」
いきなりの事態にひっくり返った俺を、3人の両手がわしゃわしゃと撫でてきた。
行動自体は意味不明だけど、何をしようとしてくれているのかはなんとなく分かった。
「そのまま、なでなでよしよし攻撃でございます」
「フ、フヒ、フヒヒ……!」
俺を元気づけてくれようとしてるんだ。
明るくいてほしいって、笑っていてほしいって。
「……は、はは、あはは……!」
そんな太陽みたいな気持ちに中てられて、俺は思わず笑った。
どうしようもなく嬉しくて、大好きでたまらなかった。
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