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ソフィー・オライオン

 招待状をもらって数日後、俺とドミニクはオライオン侯爵の屋敷に来ていた。

 馬車から降りた俺の目に飛び込んできたのは、ノイシュバンシュタイン城もかくやという大豪邸。

 燕尾服(えんびふく)もびしっとキメてきたし、髪もセットしてきた俺は、本来の目的もすっかり忘れて、美人とダンスができるんじゃないかって淡い期待を抱いてたんだ。


「……まあ、こうなるよな」


 もちろん、そんなはずがないわけで。

 きらびやかな広間の端っこで、俺は壁にもたれかかって口をとがらせていた。

 というのも、屋敷の広間に入った途端にドミニクにきれいな女性が集まってきて、あっという間に俺はぽつんと置いていかれたんだ。


 当然、ドレスを着た令嬢さん達は俺になんかちっとも興味を抱いていない。

 そもそも、世間的にはネイト・ヴィクター・ゴールディングはどうしようもないドラ息子で、中身が変わってからの俺なんてほとんど外の人は知らない。

 だから、みんなが少し冷めた目で見るのも仕方ないんだよな。


 ドミニクが「積み重ねてきたものは仕方ない、これからが大事だ」って言ってくれたのはありがたいけど、当の本人は女の子をとっかえひっかえしてダンスだぜ?


「ゴールディング家の長男で、イケメンで将来有望ときたら、そりゃあ誰でもドムを選ぶよな。ついてきた立場で、しかも次男だから仕方ないっちゃ仕方ないけどよ」


 蝶ネクタイをぴん、と弾いて俺がぼやく。

 広間のど真ん中で踊るドミニクは、いまや舞踏会の注目の的だ。

 しかもあいつは、女性達に連れて行かれる前に、俺に無理難題を残していきやがった。


『お前はお前で、相手を探せ。なに、そう難しい問題ではないだろう?』

「簡単に言ってくれるぜ、ドムのヤロー!」


 今の俺にとっちゃ、野党や魔物をぶっ飛ばすよりずっと難しいぞ!

 男女のペアが優雅なダンスを踊るのを見つめていた俺は、どうしようかまごついていたけど、それよりも大事なことを思い出した。


(おっと、本題を忘れてた。ソフィー・オライオンはどこだ?)


 ゲームのヒロインをリアルで一目見たいと思い、俺は壁から離れる。

 よこしまな理由でついてきたんだから、いくら舞踏会でぼっちだとしても、せめてそっちの目的だけは達成しておかないとだ。


(ドムとも踊ってないし、オライオン侯爵と奥さんは……あそこにいるけど、ソフィーだけいない。令嬢さんが不参加ってのはないだろうけど……)


 髭面の侯爵や優しそうな奥さん、ハンサムや美人はたくさんいる。

 けど、ソフィーだけはどうにも見つからない。


「参ったな、こんなに人がいちゃあどこに誰がいるんだか……」


 すっかり広間で立ち尽くすだけの俺が、どうしたものかとまごついてる時だった。




「――あの、すみません」


 不意に、後ろから声をかけられた。

 誰だろうか、まだ悪評の方が広まってるはずの次男坊に話しかける変わり者は。


「ん? あ、はい――」


 俺が何気なく振り向くのと、心臓が止まるのはほぼ同時だった。




「ねえ、私と一曲、踊りませんか?」


 十字の模様が入った、星のように煌めく瞳。

 グラデーションがかかったブロンドの長髪。

 黒く艶やかなドレスに映える真っ白な肌と細い腕、抜群のプロポーション。

 俺の前でにっこりと微笑む彼女こそが――ソフィー・オライオンだった。


「あ、え、ええと、あの……」


 あまりに唐突な出会いと、リアルに網膜に焼き付けることになったソフィーの愛らしさのせいで、俺は呼吸すら忘れてた。

 思考がほとんど止まってしまった俺の前で、ソフィーは首をかしげてる。

 いかんいかん、戻って来い、俺の理性。


「……は、はい! 俺なんかでよければ!」


 一目見ればいいや、と思っていた俺の望みは、三段跳びで叶ってしまった。

 気づけば俺は、ソフィーにリードされるように広間の真ん中までつかつかと歩いてゆき、美男美女に混じって踊り始めていた。

 慣れないながらも、テレサに教わったステップや動きを思い出して、音楽に身をゆだねる。

 一方でソフィーはというと、演奏の一部のように軽やかに、俺の手を引いて踊っている。

 表情の変化、わずかな挙動、そのすべてが可愛いんだ。


(間違いない、あのソフィー・オライオンだ! 『フュージョンライズ・サーガ』一番人気のヒロインとダンスを踊れるなんて、転生してよかったーっ!)


 内心で信じられないほどにやついてる俺は、きっと傍から見ると相当キモい。

 ついでに言うなら、まわりの視線も少しだけ気になる。

 そう考えると、ちょっとだけ冷静さが戻ってきた――ゴールディング家のバカ息子とダンスをしていると、ソフィーの評価も落ちちゃうんじゃないかって思ったんだ。


「……ちょっと、いいかな?」


 少しだけ不安になって、俺はスローなステップを踏みながらソフィーに聞いた。


「どうして俺に声をかけてくれたんだ?」

「えっ?」

「俺は皆から見たらただのドラ息子だし、なんならドム……じゃなくて、兄もいるのに、そっちと踊った方が……」


 誘われておきながら失礼なもんだと、我ながら思う。

 それでも、どうしても聞いておきたかったんだ。

 彼女は何を言っているんだろうって目で俺を見つめてたけど、すぐに答えてくれた。


「そうだねー……キミの目が、すっごくキレイだったから!」

「キレイ?」

「んー、これってもしかして、一目惚れっていうのかな?」


 これまた、たちまち頭の中から思考が吹き飛んだ。


「ひとっ……!?」


 あのソフィーが、俺に一目惚れ。

 アニメやゲームじゃあるまいし、まさか。


「ここに来る人は、みーんなガツガツしてて、女の子なら誰でもいいやって思ってるんだよ。つまんない人ばっかりだし、私をお屋敷とお金と権力がついてくるお飾りくらいにしか思ってないし、やらしー目つきの人もいるし!」


 つーん、とつまらなさそうな顔をするソフィーの目に、俺が映った。

 確かにオライオン侯爵家は舞踏会の主催だし、ソフィーは誰の目から見ても美人だ。あわよくば、と思う男はこの広間にいくらでもいるに違いない。

 だけどそういう相手は、彼女からすればノーサンキューってわけだ

 そういえば、ゲームの中でも好奇心旺盛で明るい性格だって言われてたっけ。


「でも、キミは違うよね! 声をかけた時、私のことをちゃんと見てくれたもん!」


 で、貴族らしくない俺を、ソフィーは気に言ってくれたと。

 喜ぶべきかどうか、ちょっぴり複雑な気分になった俺だけど、彼女が軽やかに踊るのを見ると、不安なんかどこかに消え去ってしまう。


「だから気に入ったの、キミのこと! それじゃあ、理由にならないかな?」

「……ううん、十分だ。変なこと聞いて、ごめんな」


 きっとソフィーは心の底から、俺とのダンスを楽しんでくれてるんだ。


「それにしてもキミ、ダンスが上手だね! 社交界慣れしてるの?」

「まさか。ここに来るのに付け焼刃で……あっ」


 思わずここに来る前に必死に練習したのが口から漏れた。


「……素直なんだね、キミって♪」

「ちゃ、茶化すなよ……」


 緊張で少しだけ汗ばんだ手の変化に気付かないでくれと、俺はただ願った。

 こうして耳まで赤くした俺と、心の底から楽しそうに笑うソフィーのダンスは、周囲の目を引きつけながらしばらく続いた。

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