ドミニク先生、質問があります
ドミニクがトライスフィアにやって来た翌日。
俺が授業を受ける北校舎の講堂には、最悪の光景が広がっていた。
「――では、教科書の74ページを開け。魔力の収束については……」
あのドミニクが、先生に代わって授業を進めてるんだ。
先生達はまったく反論しないし、生徒達はハンサムな才人が授業をしてくれるっていうからむしろ大歓迎なんだろうけど、俺からすれば悪夢に他ならない。
(ドムのやつ、まさか授業まで受け持つなんて言い出すなんて思ってなかったぞ)
しかもあいつが先生の代理を担当するって聞かされたのは、俺が登校して、校舎に入ったところで鉢合わせた時だからだ。
おまけにもう決まった結果だって言うんだから、なおさらたちが悪い。
『どういう風の吹き回しだよ、トライスフィアで授業をするなんて!』
もちろん俺が、それを拒まないわけがない。
俺の望みは、ドミニクが一瞬一秒でも早く、ここを去ることなんだから。
『せっかくここに来たのだからやってみてはどうかと、先生方に頼み込まれたからな。少し難しい話をするが、サボらずに出席しろ』
『何度でも言うけど、そんな話なんて断って、さっさと屋敷に帰れよ!』
『何度でも断る。第一、ゴールディング領でのケイオスの被害は収束した。しかしまだ王都周辺ではケイオスが暴れているなら、むしろここに残るべきだと思うがな』
ドミニクがさらりと教えてくれた事実に、俺は驚いた。
『……ゴールディング領地に、ケイオスがいなくなった?』
『いずれ私が統べる土地に迫る邪悪があるのなら、滅するのが私の役割だ。お前の役割は、昼間にも言ったが、お前の友人と学生らしくじっとしていることだ。分かったな』
ヒロインを4人も助けた俺をガキ扱いかよ。
ドミニクを救えないと言われたような気がして、俺はどうにもムカッと来た。
『……分かってたまるかよ』
『なら、私が理解してやる理由もないな。話は終わりだ』
俺がイライラした様子を見せてしまったのもあって、兄との話はあまり良くない形で終わってしまった。
本当ならもっと穏便に終わらせたいんだけど、ドミニクと直に話してここまでこじれた経験がなかったから、どうにも対応に困ってしまう。
魔道具越しになら、もっと素直に話せたかもしれないのに。
(ここに残るのには、俺への嫌がらせも混じってるんだろうな)
どうにももやもやした気持ちを拭えないまま頬杖をついて、俺は窓の外を眺める。
外の景色は、俺の気持ちとは真逆で、腹が立つほど晴れ渡っている。
「ネイト君のお兄さんって、先生もできるんだね!」
「まあ、一応資格はあるからな」
隣に座るソフィーに生返事をして、俺は周りの声に耳を傾ける。
「やっぱり、ドミニク卿ってハンサムだよね」
「大人の魅力ってやつ? マジで超クールだし、デートに誘っちゃおっかな?」
「聞いたところじゃ、聖騎士団の特別顧問に任命されたらしいぜ」
「ゴールディング領の次期領主も確定だし、下手すりゃ王族にだって物言いできる立場になるぞ。出世街道まっしぐらなんて、うらやましいよなー……」
どいつもこいつも、ドミニクにべた惚れだ。
確かに自分の兄はとんでもないハイスペック人間だから仕方ない。
このままいけば、ドミニクはゴールディング領を支配して、王都の聖騎士団ともつながりを持つ――要するに、国全体で見ても大きな権威を持つわけだ。
もし、万が一、あり得ない話だけれど、あいつが気に入る女性が現れて結婚なんてした日には、その相手は逆玉なんてレベルじゃないな。
(ったく、そんないいやつじゃないっつーの)
ドミニクみたいな難儀な性格の男と結婚したら、相手は間違いなく数日で愛想をつかして屋敷を立ち去るだろうなと、俺は小さく笑った。
そんな不真面目な態度は、どうやら先生代理に見られていたみたいだ。
「――ゴールディング、立て」
ドミニクが、教壇から俺を指さした。
「……ん」
生徒全員の視線が集まる中、俺はのそりと立ち上がる。
「さっきまでの私の話は聞いていたな。解答しろ」
大方、授業を聞いてない俺に恥をかかせようって腹積もりだな。
だけど残念、これくらいの授業は聞いてなくたって、黒板に書かれた内容をかるーく読み取れば答えられるんだよ。
誰のおかげかって言えば、教えてくれたドミニクのおかげなんだけど。
「……水魔法の発動に伴い、火魔法の循環魔力にゆがみが生じる。第3式円環法則と魔導発生の複式に矛盾するから、魔法Aと魔法Bの両立はない。これでいいか?」
「詳しく説明させてやりたいが、まあ、いいだろう。座っていいぞ」
おお、と周りが驚きの声を上げた。
水と火の魔法を一緒に発動できるかという問いかけは、ドミニクが俺に地獄の授業を課してから1週間で原理も併せて答えられるようにみっちり叩き込まれたんだぜ。
さて、ドミニクは知っていて当然だというかのように、俺から目を離した。
――でも、俺はどうにも今、大人しく座ってやる気にはなれなかった。
「――ドミニク先生、質問があります。授業とは関係ありませんが」
自分でもほとんど無意識に、俺は口から言葉を紡いでいた。
全員の視線がもう一度集まる中、俺はドミニクに問いかけた。
嫌がらせとか、仕返しとかじゃなく、胸につかえていた何かを吐き出したくてどうしようもないって、多分それだけで俺は立っているんだ。
「……いいだろう、話してみろ」
しん、と講堂が静かになると、俺は喉から絞るように声を出した。
「もし……もし、誰かがあと3日で死ぬと知っていて、それを伝えられなくて……その人がある場所に居さえしなければ助かる可能性があるなら、先生はどうしますか?」
俺はとうとう――遠回りにだけど、ドミニクが死ぬと告げた。
誰に伝えたい気持ちかだなんて、言うまでもない。
ドミニクだって、それくらいは分かっているはずだ。
「ふむ、その守りたい誰かに言っておいてくれ。気持ちは受け取っておく、とな」
自分が死ぬと宣告されたんだって、ドミニクほどの男が分からないはずがない。
動揺を隠しているのか、自分が死ぬ運命を受け入れているから表情のひとつも変えないのかはさっぱりだけど、兄の返事は驚くほど淡々としていた。
「……きっと、その人は……大事な人が死ぬのに、耐えられないんです」
その話は終わりだと言われているような気がしても、俺は止めなかった。
聞いてほしかったんだ、俺がどれだけ心配しているのかを。
何を知っているのか――躍起になってでも最悪の未来を変えたいと思っているのかを。
「いろんなものを守ってきて、必死に戦ってきて、なのに一番近い人を失うなんて耐えられるわけがない。ゴールディング領の次期領主なら、分かってくれるはずです」
「……お前は……」
俺が最後まで話を終えると、ドミニクは俺をじっと睨んだ。
ハイライトのない目に、どこか必死な意志を取り戻した俺が映るのが確かに見えた。
人生のネタバレをされたと怒鳴りつけられても、どうしてもっと早く言わなかったのかと幻滅されても、ドミニクが命を守ろうとしてくれるならそれでいい――。
「――ネイト君、あれ!」
なんて思っていた時、俺の服の裾をソフィーが引っ張ってきた。
何だか知らないが、今はタイミングが悪すぎる。
「悪りいけどソフィー、今は……」
俺はそう言いながらソフィーを見たけど、彼女が俺を見ていないのと、講堂の大きな窓を凝視しているのを悟り、不意に口を閉じてしまった。
そして周囲の生徒が騒めきたつのを肌で感じ取りながら、視線を目で追った。
「なっ……!?」
誰もが凝視しているのは窓ではなく、その外、迫ってくる黒い影。
今まさにガラスを叩き割って教室に飛び込もうとしてきたのは――ケイオスだった。
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