トライスフィアに来た理由
俺がドミニクを連れてきたのは、南校舎の1階、魔法研究室。
昼休みも放課後も、いつだって先生と生徒が集まって魔法を調べるために危ない実験を続けているところで、普段は他の生徒が近寄ろうとしない。
教室の中の生徒達は実験に夢中で、廊下に俺とドミニクがいるのも気づかない。
だから、聞かれたくないことを話すのにはうってつけだ。
「……ここなら、誰も来ないな」
もう一度辺りを見回す俺の前のドミニクは、どこかあきれ顔だった。
「魔法研究室のそばまで私を連れてきて、どういうつもりだ? 実験授業で分からないところがあるなら、最初からそう言えばいいだろう」
俺は思わず、ムッとした表情で返した。
見当はずれなことを言われれば、そりゃこうもなるだろ。
「そんなんじゃねえよ! ドム、どうして通信にも出ないで、しかもトライスフィアに来たんだ!?」
「トライスフィアの訪問はついでだ。本来の目的は、王都の王立魔法研究所に紫の石を持ってくることだからな」
しかもドミニクは、あれほど危険だって警告した紫の石を、王都に自分で持って来たって言うじゃないか。
その間にケイオスに襲われたら、どうするつもりだったんだ。
「わざわざ自分の手で持って来たのかよ!? 石に洗脳されるかもしれないのに!」
「石の中にいたケイオスが、か? 安心しろ、飛び出してきたところを完全に滅した。研究所に渡したのは、残骸になったただの石だ」
確かにドミニクの実力ならケイオスに打ち勝てるかもしれないけど、そうじゃない。
俺が心配しているのは、そんなんじゃないんだよ。
「とはいえ、専門家の知見をもらうのは大事だからな。私もお前も知らない石の秘密が知れるかもしれないし、ケイオスへの有効策も――」
「じゃあ、もう目的は果たしたわけだな! だったらさっさと屋敷に帰ってくれ!」
ドミニクが目を丸くして、珍しく笑った。
「……ハッ」
「何がおかしいんだよ」
なんともいやらしい笑顔に、俺は見覚えがある。
この表情をしている時は、ろくなことを考えていない時だ。
「気が変わった。ここにしばらく居座るとしよう」
「なっ……!?」
そしてドミニクは、信じられない最悪の提案をしてきた。
よりによって、トライスフィアに残るって言い出したんだ。
「ネイト、お前が私に何を隠しているかは知らないが、おおよそケイオスについてなのは間違いない。いずれゴールディング領の敵となる存在が私に牙をむくのであれば、ここで丁寧に叩き潰してやろうじゃないか」
「どうして、そこまで分かるんだよ!? まだ何も言ってないだろ!」
「フン、お前の心を読むなど、古い魔法文献を解読するよりもずっと簡単だ――」
ドミニクは俺の考えを見抜いた理由を、わざわざ懇切丁寧に説明しようとしたけど、不意に会話が遮られた。
もちろん俺の苛立った反論のせいじゃない。
突然、魔法研究室から爆発が起きたんだ。
「なっ!?」
俺はすっかり忘れていた。
魔法研究室で起きている実験はほとんどが危険で、失敗すれば爆発などの被害が起きるから、聖徒会でも閉鎖を検討されていたってのを。
「魔法実験の爆発!? ドム、伏せろ!」
窓が割れ、爆風が吹き荒れる強烈な爆発がドミニクを殺すのか。
咄嗟に俺は兄を無理矢理にでもしゃがみ込ませようとしたけど、ドミニクは身を隠すどころか、手首を鳴らして教室の中に入った。
彼がさっと駆け寄ったのは、教室の中心で爆風に襲われている、実験中だったらしい生徒や先生だ。
「伏せろとは、マヌケな話だな。私の魔法を忘れたか?」
俺を試すように、ドミニクは笑う。
そして、自分に迫りくる強烈な爆発に向かって軽く手をかざした。
「反射魔法『天譴』」
次の瞬間、爆発の衝撃がドミニクの間横を通り過ぎた。
いや、違う――彼の手のひらから放たれた半透明のバリアが、迫ってきた爆発をすべて別の方向に跳ね返してるんだ。
しかも爆風は魔法研究室で恐ろしい破壊を生み出さずに、ドミニクの意思に従うようにぐるぐると渦を巻いて、彼の周りでとどまっている。
「……あの爆風を、無傷で……」
目を見開く俺の前で、やがて爆発は威力を失い、霧散した。
ひっくり返った机、黒焦げの壁、割れたフラスコの中、ただ無傷でいるのはドミニクと、彼が守った生徒だけだった。
「どれだけ広範囲の魔法だろうと、高威力の魔法であろうと、私の防御壁は破れない。お前の言うケイオスの攻撃など、私に触れることすら能わない」
ドミニクの魔法の強力さは、俺が一番よく知ってる。
あらゆる攻撃を反射、無効化、必要とあらば吸収すら可能とする『反射魔法』は、『フュージョンライズ・サーガ』の世界でドミニクにだけ与えられた才能だ。
イベント戦闘なら主人公のノアすら、一撃もダメージを与えられない鉄壁の防御力なんだから、魔法爆発くらいじゃかすり傷一つつけられない。
「だ、大丈夫ですか!? 怪我は……あ、貴方はゴールディング卿!?」
さて、防御壁を解除すると、生徒達がやっとドミニクに気付いたみたいだ。
これはよろしくない、と思った時には遅かった。
「マジで、本物だよね?」
「ファンです、握手してください!」
俺がドミニクを連れて行こうとするよりも先に、助けてもらった生徒がわらわらと彼に群がってきた。
そりゃそうだ、自分達を守ってくれたのが、ゴールディング領どころか王都でも話題になるくらいのイケメン魔導士なんだからな。
「クソ……こっちに見向きもしないのは、実験中だけかよ……!」
しかも、いつものドミニクなら握手だ何だのなんてスルーしてさっさとその場を立ち去るはずなのに、今日だけはファンらしい子の握手に応じてやがる。
明らかに、俺との会話を終わらせようとしているのが丸見えだ。
「握手くらい構わない。サインもしてやろう、教科書とペンを」
「ドム!」
俺が怒鳴っても、ドミニクはこちらを見向きもしない。
自分を助けてくれたヒーローのもとに、爆発も忘れて集まる生徒にサインしている。
「見ての通り、私は忙しい。少なくとも、猪口才な策で私を領地に留めて、その理由すら話さん愚弟と無駄な時間を過ごしている暇はない」
ここまでしてやって、愚弟なんて言われる筋合いはない。
「……ドムのことを心配してるんだぞ……!」
「奇遇だな。私もお前が、足元が見えていないのではないかと心配していた」
さらさらと教科書にサインを書くドミニクが、鼻で笑う。
「お前は、お前を守ってくれる友人と学業についてだけ考えていればいい。トライスフィア魔導学園とケイオスについては私に任せて、学生らしく青春を謳歌していろ」
「ドム!」
「話は終わりだ。そら、お前の友人が来てくれたぞ」
ソフィーやテレサ達が、爆発を見てこっちに来てくれているのは分かっていた。
それでも、俺はドミニクから目を離せなかった。
「……俺は、ただ守りたいだけなのに……!」
3日後に死ぬんだって、そう言えたらどれほど楽なんだろうか。
テレサに連れていかれても、俺は結局、ドミニクに真実を伝えられずにいた。
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