兄の死まであと3日
もちろん、ドミニクの死が迫ってるのを、俺は指をくわえて眺めていたわけじゃない。
トライスフィアからゴールディング領まで距離は離れているけど、魔道具での会話でなるべく兄を領地に引き留めてたんだ。
『じゃあ、ドム! 明日も報告するから、屋敷にいてくれよ!』
ケイオスや学園内の事件を報告すれば、ドミニクの興味を引ける。
魔道具は持ち運べないから、俺の話を聞きたいなら屋敷にいるしかないってわけだ。
『……どういう風の吹き回しだ? 今まで2週間に一度だった報告を、わざわざ毎日するとはな』
『王都でのテロがあったからな。いつあんな事件が起きるか分からないんだからさ、新しい情報を常にもらえるのは、ドムにも悪い話じゃないだろ?』
作戦の手ごたえはかなり良好で、ドミニクは何日も屋敷にいてくれた。
『ネイト、私に何を隠している?』
『か、隠してねえよ! とにかく、この時間は絶対通信に出ろよな!』
ところが、何度か疑われ始めたあたりから、ドミニクは通信にあまり出なくなった。
そして1週間前、とうとう通信が完全に途切れて、話ができなくなった。
もしも危険な目に遭っているなら、ゴールディング家から俺に連絡が来るはずなので、少なくとも生命の危機に瀕しているってことはないはずだ。
仮にそうだとしても、イベントでの死が3日後に迫っている俺にとっては、正直、気が気じゃない。
「ネイト君、3日後に何があるの?」
「……悪りい、言えないんだ」
ソフィーが心配げに聞いてくれたけど、俺は答えられなかった。
「言えないけど、ドムがゴールディング家の屋敷にいれば少なくとも安全だし、最悪でもトライスフィアに来なけりゃいい。テレサ、ドムがどこにいるか知らないか?」
「申し訳ございません。ドミニク様の予定は存じ上げません」
「だよなー……ったく、ドムのやつ、黙ってどこに行ったんだよ」
心配する気持ちもあったけど、俺の中にはちょっとむかむかする感情もあった。
ドミニクにというより、真実を知っていながら、それを教えればどうなってしまうのかが怖くて伝えられない自分に、俺はどうにももやもやしていたんだ。
だからといって、いつまでも皆を心配させるわけにはいかないよな。
そう思って、ひとまず気を取り直そうと俺が話題を変えようとした時だった。
「ハーイ、ヴァリアントナイツの皆! 元気してる?」
校舎の方から、こちらに向かって女性が陽気に駆けてきた。
銀色の髪と赤いマントがチャームポイントの聖徒会会長、ジークリンデだ。
「カイチョーさん!」
ソフィーが手を振ると、彼女も笑顔で応えてくれた。
「ジークリンデさん、どうかしたんですか? 確か、新体制になった聖徒会の仕事が大変で、聖徒会室の外に出る暇もないんでしょう?」
「そうなんだけど、ちょっとだけ別件ができたのよ。ネイト、貴方にも関係あるわ」
「……俺に?」
彼女の方から俺に用事があるなんて、そう珍しい話じゃない。
テロ事件から1ヶ月の間、俺は児童保護施設の移転や学内でのトラブル解決と、いろんなところでジークリンデに振り回されてたからだ。
だから、驚くところなんてあまりないはずだけど、何故か俺の腹の底から不安が鎌首をもたげて飛び出そうとしていた。
「サプライズなお客さんが、トライスフィアに来てくれたのよ! ノンアポだけど今回だけは許しちゃうわ! 早速紹介するわね――」
それはきっと、彼女の後ろにいる誰かのせいだろうか。
誰かというのが、自分の中で分かり切っているからだろうか。
例えば今、自分が一番会いたがっているのに、ここに来てほしくない人が――。
「ワタシの師匠で、ネイトのお兄さんのドミニクよ!」
ドミニク・エドガー・ゴールディング。
ジークリンデさんの後ろからのそりと姿を見せたのは、俺の兄だった。
「――ドム」
「久しいな、ネイト。少し痩せたか?」
絶句する俺とは対照的に、白い長髪を風になびかせるドミニクはいつも通りで、久々の再会でも表情ひとつ変えない。
ヴァリアントナイツの皆がわっと湧いても、周囲からドミニクの名前が飛び交っても、彼が眉ひとつ動かさないのはいつも通りだ。
「ドミニク様。ちょうど今、ネイト様が貴方様のお話をしていたところでございます」
「ふむ、私の話か。その顔つきを見るに、良い話とは……」
テレサとドミニクの会話に、ソフィーが割って入った。
「あーっ! じゃあ、この人がネイト君のお兄さんなんだーっ!」
テンションが最高潮に達して、目をキラキラと輝かせるソフィー。
美人が自分に興味津々なんて、普通なら嬉しすぎてついつい顔がにやけるところだろうけど、残念ながらこのノリはドミニクが一番苦手とするところだ。
もっとも、ソフィーもそれに気づくわけがないだろうけど。
「すごいすごーいっ! 髪の色もネイト君そっくりだし、目も似てるかも? あ、そうだ、自己紹介がまだでしたっ! 私とこの子は……」
「……いや、いい。弟がいつも世話になっているな」
小さなため息とともに、ドミニクが言った。
「話なら聞いている、君がオライオン侯爵家のひとり娘で竜人族の後継者、ソフィー・オライオン。そっちが元風紀委員で幽霊魔法の使い手、クラリス・ブレイディ。ネイトとテレサと共に、学園の治安維持に努めてくれているようだ」
「えっへん! そのとーりなのですっ!」
「フヒャヒ……あ、あのドミニクさんに、知ってもらえてるなんて……光栄、です……」
ソフィーがパフと一緒に胸を張り、クラリスが興奮で慌てふためくと、いよいよトライスフィアに属する生徒達のざわめきが最高潮に達した。
「おい、あれってドミニク卿じゃないか!?」
「噂で聞くよりイケメンじゃない!」
男子も女史も関係なく、俺の兄を指さして噂話をする。
というのも、ドミニク・ゴールディングはトライスフィアでもかなりの有名人だ。
卓越した魔法のセンスと国内に響き渡る名声、そしてハンサムな顔立ちのおかげで、校内でも熱烈なファンがいるとかいないとか。
そんな彼の弟である俺が、彼の評価を下げると白い目で見られていたのも、仕方ない。
「あらあら、ドミニクってば相変わらずの人気者ね♪」
ただ、今はどうでもいい。
ジークリンデが心底この状況を楽しそうに見つめているのも、どうでもいい。
「……ドム、こっち来い」
俺はドミニクの手を引いて、ここを離れようとした。
「なんだ、ネイト? 久々の再会で、しかも美少女に囲まれているというのに、随分ときつい視線を兄に投げかけるのだな?」
「いいから! こっちに来い!」
いつもの皮肉も、今は聞いてやれる気がしない。
なるべく人が来ないところ、しかも騒がしい話をしても人の気を引かないところに、一瞬一秒でも早くドミニクを連れて行って、色々と聞きたくて仕方なかった。
ヒロイン達が俺にかける声も、もう聞こえない。
そんな心境を察してか、ジークリンデが彼女達に別の話題をふってくれた。
「これって貴女達が作ったスイーツ? ひと口だけもらってもいいかしら?」
「もちろんだよ! いっぱい作ってきたから、カイチョーさんにもはい、どーぞっ♪」
「ネイト様に食べていただく分とは別に作ってございますので」
どかどかと歩いていく俺の耳から、ソフィーやテレサ、ジークリンデの声がだんだんと遠ざかっていく。
きっと、彼女は俺のために作ってくれたお菓子を、代わりにほおばってくれている。
「う~ん、とってもおいしい~♪」
ジークリンデには、今度お礼を言っておかないとな。
少なくとも――ドミニクの命をちゃんと守ってから、だけど。
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