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地獄スイーツタイム

 ジークリンデが学園を騒がせた総選挙から、1ヶ月が経った。

 あれからおかしな事件は起こらず、トライスフィアは平和そのものだ。


「……おかしい」


 ただ、俺の心だけはここ数日、晴れやかじゃなかった。

 ソフィーとパフ、クラリス、テレサという美人に囲まれて、カフェで他の男子生徒から「呪殺(じゅさつ)してやる」と言いたげな視線をぶつけられているにもかかわらず、だ。

 だから、テレサが首を傾げるのもそうおかしな話じゃない。


「はて、おかしいとは。ネイト様、何か気になることがございますか?」

「うーん、色々あるんだけど、とりあえず俺の目の前に並んでるこれもおかしいかな」


 俺はというと、テーブルの上に並ぶたくさんのスイーツに冷静にツッコんだ。

 持ち込みアリとはいえ、カフェなんだからここのメニューを食べてやれよ。


「この前はネイト君にお弁当を作ったから、今日はデザートだよ! テレサちゃんとクラリスちゃんと、早起きして作ったんだーっ♪」

「フヒヒ……こ、こういうの、慣れないですけど……楽しいです、ね……」


 どうやらこのスイーツ群は、ヒロイン達が作ってくれたものらしい。


「ああ、それで……3人で3品、ってところか」


 美少女が作ってくれた手作りの甘味(かんみ)なんて、向こうの世界にいた頃なら気が狂うほど喜んでいたに違いない。

 もっとも今回の場合、別ベクトルで気が狂いそうだが。


「とりあえずこの赤いのは、ソフィーだな?」


 最初に俺が指さしたのは、何色もの赤色で埋め尽くされたカップサイズのケーキだ。

 というか、ケーキのはずなんだが、複数の赤色以外で構成されていない。

 赤って200色あんねん。


「すごーい! ネイト君、どうして分かったの?」

「どうしてっていうか、これだけモンブランを真っ赤っかにできるやつは多分、こっちの世界にもあっちの世界にもソフィーしかいないだろ」

「その赤さが、おいしさの秘訣(ひけつ)なんだよ♪」


 ソフィーが笑顔で持ち上げたケーキが顔に近寄ると、鼻が刺激される。

 それでもここで泣いたら、どうして泣いているんだろうってソフィーが寂しくなるだろうから、俺は涙腺(るいせん)を根性だけで閉じている。


「ジョロキアシュガーの粉末とデスソースチョコレートを混ぜて、滅亡トウガラシの実をアクセントにしたんだ! 私もパフも試食したから、味はお墨付きなのですっ!」

『ぎゃうぎゃーっ!』

「死と滅亡が名前に入ってる食材をスイーツに入れるのか、オライオン家は」


 この情報だけで、食べれば死ぬと直感できた。

 遅かれ早かれ食べないといけないだろうが、いったん後回しにさせてくれ。


「ひとまずこれは置いといて、こっちはテレサのスイーツだよな」

「おや、ご明察でございます。ネイト様は探偵を?」

「まさか。俺の顔よりデカいシュークリームを作れるのは、多分こっちの世界じゃテレサくらいだと思ったんだよ」


 次に俺が手に取ったのは、顔より巨大なシュークリーム。

 見た目はおいしそうだ――3日分のカロリーを摂取できそうなデカさを除けば、だが。


「テレサの親愛がたっぷりと詰まっております。補足しておきますが、これはテレサの握力で圧縮してありますので、ネイト様がお口の中に入れますと、たちまち今の5倍のサイズに戻ります」

「え、口の中で5倍の大きさになるのか?」

「はい。甘いものでお腹いっぱいになってネイト様はハッピー、テレサは主人にスイーツを食べてもらいハッピー、合わせてダブルハッピーでございます」


 よく耳を澄ましてみると、シュークリームの中から妙な音が聞こえてくる。

 ぎちぎち、みちみち、と無理矢理潰された何かが元に戻りたがってる音だ。


「大丈夫? 俺の顎が千切れたりしない?」


 辛さで脳が破壊されるのも怖いけど、口に入れた途端(とたん)に顎が破壊されて、断末魔が「ハッピー!」になりそうなスイーツも遠慮したい。

 まあ、こっちもじきに食べる羽目になるんだけど。


「こっちも置いとくとして……ん? なんか、フツーのスイーツが……」


 最後に残っているのは、カカオパウダーでコーディネートされたトリュフチョコだ。

 今更ファンタジー世界にモンブランとかシュークリームとか、トリュフチョコがあるのかってツッコミはしないでほしい。

 この世界にはこんにゃくもジャガイモも、サンドイッチもあるんだぜ。


 さて、3つ目のスイーツを手に取ると、じっとりとした視線が俺に刺さった。


「……フヒ」


 超激辛のソフィー、超巨大のテレサと来たら、まさかとは思うが。


「あー……じゃあ、もしかしてこのめちゃくちゃファンシーなケーキは?」


 クラリスが作ったと思しきチョコを見せると、彼女は一層(よど)んだ目で俺を睨んだ。


「……ぼ、ボクです。何ですか、文句……ありますか……?」

「い、いや、ないけど。なんかこう、可愛いところ、あるんだなって」

「フヒャヒっ!?」


 かと思うと、今度は顔をソフィーのスイーツに負けないくらい真っ赤にして、ジャンピング土下座の勢いで飛び退いた。

 後頭部を椅子にぶつけても、衝撃で人形をボロボロ落としても、まるで気に留めない。

 もじゃもじゃの髪がなぜか怨念の波動で膨れ上がっているけど、それも気にしてない。


「ぼ、ボク、男の人に、スイーツとか、あの、初めてで、ハヒ、ハヒヒ……!」


 めちゃくちゃな恥ずかしがり方の理由を、俺は知らなかった。

 正確に言うと、あまり考える余裕もないと言うべきかな。


「……ま、あとで全部食べるよ。ありがとな」


 さらりと答えたつもりだったけど、クラリスは急に挙動不審(きょどうふしん)な態度を止めた。

 彼女だけじゃなく、ソフィーやテレサもスイーツについて楽しそうに話すのをやめて、俺の方をじっと見つめて来た。


「……ネイト、さん?」

「……心ここにあらず、といった調子でございますね、ネイト様」

「もしかして、心配事でもあるのかな?」

「大したことじゃない。気にするほどでもないよ」


 俺が首を横に振ると、ソフィーがずい、と顔を近づけて来た。

 星の瞳の中に映った俺は、大したことじゃないと言えないほど呆けていたし、自分でも驚くほど他の事柄に夢中になっているようだった。


「ネイト君がそう言う時は、いつもたくさん悩んじゃって、でも私達に言いづらい時だよね。いっぱい一緒にいるから、私もパフも、分かっちゃうんだよ?」

『ぎゃーお』


 ソフィーがパフと顔を見合わせてから、俺ににっこりと微笑んだ。


「無理なんて言わないよ。でも、心がちょっとすっきりするかもしれないし、話してくれると嬉しいな!」


 テレサとクラリスも、同じ気持ちみたいだ。

 確かにこんな顔をして、何でもないなんて言ったって、説得力はないよな。

 まったく、守るべきヒロインを心配させるなんてよくない話だよ。


「……分かった、話すよ」


 頭をポリポリと掻きながら、俺は言った。


「実は、ドムとの連絡がここ数日ほど取れないんだ」


 俺が何日も、眠っている途中に目を覚ますほど心配な事柄。

 それは俺の兄、ドミニク・ゴールディングと半月ほど前から日課にしていた、魔道具を使った連絡ができなくなっていたことだ。


「ドム……それって、ネイト君のお兄さんの、ドミニクさん?」


 頷く俺の脳裏に浮かぶのは、これから起こる恐ろしいイベントだ。


「ああ。あと3日、3日だけなんとか屋敷にいてほしかったんだけど……」


 シナリオ通りにイベントが進むなら、3日後にトライスフィアで起きる紫の石が関連する事件が起きて、ひとつの結果がもたらされる。


 ――ドミニクが死ぬという、最悪の結果が。

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