歪み始めた世界
さて、いつまでも忠犬ダスティーを眺めているわけにもいかない。
俺は俺で、役者がそろったし、聞いておきたいことがあるんだ。
「……そういえばダスティー、ひとつだけ聞きたいことがあるんだ」
「あら、なんですの?」
「あんたに紫の石を渡したやつはいないんだろ? でも、契約して魔力を吸われていたなら、ケイオスと接触してる可能性はあるわけだ」
俺が聖徒会室に来た理由のひとつは、テロの背景で暗躍していたケイオスとダスティーをつなげたのが、何者なのかというのを知りたいからだ。
「ええ、ワタシもそれを聞きたかったのよ。ネイトの言うルールがまだ残っているなら、なんの接触もなしに彼女を利用するのは無理な話ね。ダスティー、心当たりはある?」
幸い、ジークリンデも俺と同じ目的があったらしい。
彼女の場合はダスティーがいない状況で話し始めたから、きっと事件について確認したかったんだろうけど、これも突き詰めておかないといけない問題だ。
ただし、当のダスティー本人は首を傾げていた。
「といっても、わたくし、選挙で負けた日は誰とも会いませんでしたし……あっ」
だけど、ふと何かを思い出したように、手を軽く叩いた。
「どうした?」
「あの日……部屋でひとりでいた時、誰かに声をかけられましたわ。紅茶を淹れてもらって、そしたら頭がぼうっとして……」
どう考えても、ダスティーに紅茶を出した奴がケイオスか、その関係者だ。
飲み物に細工しかのか能力を使ったのかはともかく、どれだけメンタルがやられていようと、ダスティーを惑わせるなら何かしらの手段を用いたと思っていいだろうな。
「でも、よくよく考えてみればおかしいですわね。わたくしを慕ってくれる子には部屋に入るなと言ってあったし、出ていくときには誰もいませんでしたし……」
「どんな奴だったか覚えてるか?」
「急に言われましても困りますわ」
俺の問いかけを軽く突っぱねつつも、彼女は記憶を手繰り寄せる。
そのうち、もう一度「あっ」と声を上げた。
「ただ、今になって思い返してみれば、あんな声をトライスフィアでは聞いたことがありませんわ。男性のような、女性のような……あの、わたくし達を襲ったケイオス、とかいうのの声色にも似ていたような……」
生徒自身がケイオスである――そう聞いて、俺達の間に緊張が奔った。
ここに来るまでの間にすれ違った誰かが黒幕だと思うと、そりゃあぞっとするさ。
「申し訳ありませんわ、ジークリンデ様」
ぺこりと頭を下げるダスティーに、ジークリンデが笑って返す。
「気にしないで! 相手が生徒のふりをして、トライスフィアに忍び込んでるって分かっただけでも大手柄よ! ワタシはここに在籍してる生徒全員の顔を覚えているから、見慣れない生徒がいたラすぐに分かるし、逃げるなら氷漬けにしてあげるわ!」
こんな人がいるなら、仮にケイオスが忍び込んでいてもすぐに見つかるだろうな。
あとはそいつをぶっ飛ばしてやれば、バッドエンドは壊滅だ。
「頼りにしてます、ジークリンデさん」
「うふふ、頼られちゃったわ! それじゃあ早速、生徒もどきを探しに行きましょ♪」
とはいえ、ちょっと褒めるとすぐに行動に移すのは、ジークリンデの困ったところだ。
彼女はいきなり立ち上がると、俺の手を引いて外に飛び出そうとした。
「ちょ、ちょっと!?」
「あーっ! またカイチョーさんがヌケガケしよーとしてるーっ!」
慌てる俺を見て、またもヴァリアントナイツの面々が割って入ってくる。
「ふ、不純異性交遊……ダメ、ゼッタイ……!」
「ディーフェンス、ディーフェンスでございます」
どうにか反論するクラリスはともかく、パフと一緒に口を尖らせるソフィーと、びょんびょんとその場で跳ねるテレサのふたりは、完全に敵対心剥き出しだ。
どういう理屈で動いているのかはさっぱりだけど、これから一緒に戦う仲間なんだし、もうちょっと和気あいあいとしてくれたらありがたいんだがなあ。
いや、いがみ合ってる雰囲気でもないんだけどさ。
「いいわね、闘志に燃えたギラギラした目はワタシの大好物よ!」
そんでもって、ジークリンデはこのシチュエーションを心底楽しんでるみたいだ。
「油断してると、ネイトはワタシがかっさらってそのまま王都の教会まで連れて行っちゃうんだから! 負けないように頑張ってね、後輩諸君♪」
「「負けないよ(フヒ)(でございます)!」」
しかも煽り煽られ、双方いつでも臨戦態勢。
もう、何が何やら。
もう付き合ってられないとばかりに、俺はジークリンデから離れた。
「ったく、ジークリンデさん! 何の話をしてるかさっぱりですけど、皆を焚き付けないでください!」
「貴方も相当、にぶちんですわね……」
「え?」
ダスティーが俺をじっとりと睨んでいる理由なんて、分かるわけないっての。
ゲームの主人公でモテモテならともかく、こっちは悪役貴族なんだからさ。
「とにかく、俺はもう行きますから。皆も、また後でな」
肩をすくめた俺は、やいのやいのと騒ぐヒロイン達を置いて、聖徒会室を出た。
教室を出た先の廊下には、生徒も先生もいない。
バッドエンドを迎えた後のトライスフィアの空気を感じているような気がして、俺は首を軽く振ってから歩き出す。
ここまで俺は、多くの人を助けて来た。
ソフィーとパフの絆を守り、テレサを救い出した。
クラリスの闇を取り払い、ジークリンデの想いを知った。
だったら、ネイト・ヴィクター・ゴールディングの戦いは、ひと段落ついたのかって?
「まだ、終わっちゃいない」
そんなわけがない。
これから1か月後、俺にとって最大のイベントがやってくる。
「ドムは……ドミニクだけは、トライスフィアには来させない」
ドム――ドミニクが死ぬイベントはどんなヒロインのルートであっても、どんなシナリオであっても逃れられない、確定発生かつ生存方法が存在しないイベント。
だけど、それが起きるのはトライスフィアにドミニクが来てからだ。
彼がゴールディング領から離れないのなら、きっとそのイベントからも逃れられる。
それまで必ず、俺は彼がこっちに来ないように策を巡らせなきゃいけないんだ。
「絶対に死なせないさ、俺が必ず……」
不意に自分の口から漏れ出した声に気付いた時、俺は顔を上げた。
「バッドエンドを全部捻じ曲げて――悪役貴族がハッピーエンドを作ってやるよ」
俺はズボンのポケットの中に突っ込んでいた拳を、血管が浮くほど握りしめた。
そうだ。俺は仲間を、ドミニクを絶対に守ってみせる。
――たとえ、俺が死んでも。
誰にも言えない覚悟を胸に秘めて、俺はまた、廊下を歩きだした。
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