ダスティーへの罰
王都の大通りでの事件から、2日が経った。
石を使ったテロリスト『解放者』は全員捕らえられて、通りの施設は復旧中。
その現場に俺達がという噂も、当然のように広まった。
「おい、あれ……」
トライスフィア魔導学園の廊下を俺達ヴァリアントナイツが歩いていると、生徒達が指さして何かを話し合っている。
俺ひとりが相手だったら、これまでは悪口以外の何物でもないのは確実なんだが、あの1件以降、ちょっぴり世間からの俺への評価が変わったみたいだ。
「ゴールディングって、確か昨日、テロリストを倒したんでしょ?」
「ただの悪党だと思ってたけど、意外とやるやつなんだな」
こんな調子で、俺への態度が軟化してるんだ。
普通なら喜ぶところでも、悪役としては複雑な心境だ。
「こうも評価がころっと変わると、かえって心配になるな」
「えー? 私はネイト君が皆に褒めてもらえるの、すっごく嬉しいよ?」
「主人の誉は、テレサの誇りでございます」
「ソフィー達にそう言ってもらえるのは嬉しいけどな、昨日まで悪役だなんだって嫌ってた連中が、次の日はカッコいい奴だって話をしてたら、普通は疑うもんだぜ」
やっぱり、トライスフィアの連中は流されやすい。
ゲームのモブだと思えば納得できるんだが、いざ自分が意識のあるキャラクターだと、ここまで奇怪に感じるなんてな。
「洗脳なんてされた日には、学園の全員が乗っ取られそうだな」
「そ、そんな敵が……フヒ、いないことを祈り、ましょう……」
主体性のない面々に呆れながら俺が足を止めたのは、聖徒会室の前だ。
何を隠そう、俺と仲間達はジークリンデに呼び出されたんだ。
「失礼しまーす」
『ぎゃおーす』
部屋に入った俺とヒロイン達、パフを歓迎したのは、大手を広げたジークリンデだ。
「ハーイ、ヴァリアントナイツの皆! 好きなところにかけてちょうだい!」
ソフィー達は聖徒会室に来たことがないのか、あるいは話で聞いていただけなのか、他の教室よりも豪華な作りに目を輝かせていた。
「すごいすごい、すっごーいっ! 聖徒会室ってこんなに広いんだ、なにこれコーヒーがいっぱい出てる、こっちの絵画もすっごくキレイで、とにかくすごいよぉ~っ!」
「ぼ、ボクも一度だけ来たことはありますが……や、やっぱり、素敵ですね……」
「うふふ、褒めてくれてありがとう! もとは殺風景だったんだけど、ワタシが1年かけてデコレーションしたのよ♪」
にっと笑うジークリンデが、机にもたれかかる。
「改めてお話をさせてちょうだい。実は――」
そしてすぐに話を切り出そうとした時、もう一度部屋にノックの音が響いた。
俺達全員の視線がドアに集中する中、その人物はおずおずと聖徒会室に入ってきた。
「――失礼しますわ」
「ダスティー……!」
聖徒会の副会長、ダスティーだ。
あの事件以降、少しやつれて見えるのは気のせいだろうか。
「あっ! トイレですごい悲鳴を上げてた人だ!」
訂正。
ソフィーがデリカシーのない発言をすると、口から火を吐いて怒りの形相を見せた。
「言わなくてもいいんですのよ、そういうのは! 辛さ3000倍のカレーを食べれば、誰だってお腹の底から悲鳴のひとつくらい上がりますわ!」
ここじゃ口が裂けても言えないんだけど、ダスティーがトイレで「焼ける」「裂ける」「つらい」と涙声で叫んでいたのは、もう学園中の周知の事実なんだよな。
ま、これくらい怒れるなら、コンディションについては心配しなくて良さそうだな。
第一、彼女もこんな話をしに来たわけじゃないだろうし。
「……オホン。わたくしが話したいのは、そんなことではありませんの」
ダスティーが用があるのはジークリンデで、彼女もそれを察していたらしく、俺達より前にずい、と出た。
少しだけ間を空けてから、ダスティーが絞り出すように言った。
「ジークリンデ……話は他の方からお聞きしましたわ。『太陽の家』の子達をさらったのは事実なのに、テロリストに利用されただけと説明してくださったのは、貴女ですのね」
そう、ダスティーがまだトライスフィアに顔を出せるのは、ジークリンデのおかげだ。
本来ならテロリストへの関与を疑われてもおかしくない立場だったが、彼女が自警団や騎士達に対して説明したところ、無罪放免になったんだ。
もっとも、そこにはハーケンベルク家への信頼感とか、ジークリンデの方便とかの、真相とは関係ない点が理由のほとんどを占めていたのは内緒だぜ。
「あら、ワタシは事実を話しただけよ? お礼を言われるようなことじゃないわ」
「……でも、わたくしは……貴女を誤解してましたわ」
ダスティーの声が、次第に小さくなってゆく。
「責任も取らず、自分勝手に放浪の旅を続けて、帰ってきたかと思えばわけの分からない改革を始めようとして……貴女に貴族としての、聖徒会会長としての誇りなどないと思ったからこそ、わたくしはその座を奪い取ろうとしましたわ」
確かに彼女の放浪癖や、突拍子もないところを見れば、貴族としての矜持なんて欠片もないものだと勘違いするだろうな。
だけど、実際はその逆で、ジークリンデほど貴族の務めに真剣な人はいない。
「でも……本当の貴女は違いましたわ! 真に貴族としての務めを果たし、責任を背負い込んでいたというのに、何も理解していないのはわたくしの方で……だから……!」
紛れもない真実に気づいたダスティーは、深々と頭を下げた。
「……お願いですわ……わたくしを、罰してくださいまし……!」
「罰だなんて、カイチョーさん……!」
ソフィーやテレサ、クラリスが戸惑う中、ジークリンデが放つ声は冷たかった。
「そうね。お仕置きが欲しいなら、そうしてあげるわ」
「ジークリンデさん!」
いくら対立していたとはいえ、彼女に罰を与えるのは酷な話だ。
俺もそう思ったからこそ、彼女を思いとどまらせようとした。
「ダスティー・モンテーロ。貴女を――」
でも、もう止まらない。
自らの氷魔法の如き声で、ジークリンデは言った。
「――引き続き、聖徒会副会長に任命しちゃうわね♪」
彼女を――ダスティーを、もう一度副会長に再任命すると。
「「えっ?」」
目を丸くしたのは、俺やヴァリアントナイツだけじゃない。
ダスティー本人はというと、もう何が何やらと言いたげな顔をしていた。
「……ジークリンデ、どうして……?」
「どうしてって、貴女にとってこれが一番の罰だって思ったからよ」
さっきまでの冷たい声はどこへやら、その顔には満面の笑みが浮かんでいる。
「貴女、ずっとぐったりしながらワタシについてきてたもの。それがあと1年続くんだから、十分なお仕置きでしょう? これからもワタシが卒業するまで、トライスフィアを変えるために、嫌でも協力してもらうんだから!」
どうやら、彼女は俺達なんて想像もつかないほどダスティーのことを信用していたし、彼女の本質を見抜いていたみたいだ。
正しく、聖徒会の会長――トライスフィアのリーダーに相応しい人材だな。
「できるわね、ダスティー♪」
そんな彼女の笑顔に答える、ダスティーの返事は決まっていた。
「――もちろんですわ! 粉骨砕身の精神で仕事を成し遂げますわ、ジークリンデ様ぁ~っ!」
すっかりメロメロになったらしい彼女の目に浮かぶのは、ハートのマーク。
まるで忠犬の如くジークリンデにすり寄り、永遠の忠誠を誓うダスティーは、ある意味では自分のなすべきことを見つけたともいえるんだろうな。
「……ありゃ、完全に惚れ直しちまったみたいだな……」
まったく大したもんだ、と俺達は顔を見合わせて、小さく笑った。
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