たたいてみるたびケイオスはふえる
――俺がジークリンデを見つけたのと、突撃したのはほぼ同時だった。
彼女が俺の接近に気付いていたのか、それともとっさの判断だったのかは分からないけど、彼女の決断は間違いない。
そのおかげで、俺は人質を捕らえていたケイオスを全部串刺しにできたんだからな。
「ジークリンデさん、怪我は!?」
「見ての通り、ピンピンしてるわよ! それよりもダスティーを助けなきゃ、ね!」
残るはダスティーを抑えつけていたケイオスだけ。
そしてそいつは、ジークリンデに任せれば大丈夫だ。
「氷魔法『黒縄の獄・ニラブダ』!」
彼女の腕から放たれた氷の槍が、アディオルと名乗るケイオスの顔面を貫いた。
「きゃあああっ!?」
その衝撃でダスティーはすぐ近くに転がり込んで、頭に槍の刺さったアディオルはしばらくばたばたと暴れてから、すぐに動かなくなった。
「氷魔法って、ただ氷を発生させるだけじゃないんですね」
「アブダは広範囲を凍結させる魔法、ニラブダは今みたいに物質を形成する魔法なの。氷魔法は魔力の消費量が多いから、役割を決めて使わないとすぐに枯渇しちゃうのよ」
感心する俺をよそに、ジークリンデはダスティーにもう一度手を差し伸べる。
「ダスティー、動けそうかしら?」
「あ、ええと……魔力がなくて、体が、ひどく重いけど……動けますわ……」
「だったら、保母さんや子供達を連れてここを離れてちょうだい。なるべく遠くに、王都護衛の騎士がいたら彼らについて行って」
不安げな子供達についていきたいのは、ジークリンデとしてもやまやまだろうけど、彼女はケイオスを倒すか食い止める必要がある。
初老の女性と子供だけで避難させるよりも、トライスフィアの聖徒会副会長を務めるほど責任感のある生徒がついて行った方が、よっぽど安全だろうな。
ダスティーは頭で理解しつつも、心のどこかで迷っているようだった。
「……わ、わたくしは、貴女に……」
「行きなさい! ワタシ達が敵を食い止めている間に、早く!」
でも、ジークリンデに一喝されて、たちまち私情を胸の奥にしまいこんだ。
「は、はいっ! 皆さん、わたくしとこちらへ!」
ぞろぞろと皆がついてくるのを逐一確認しながら、ダスティーは比較的安全と思しき、爆音や悲鳴の聞こえてこない方角へと駆けて行った。
彼女ひとりに任せるのは不安だったけど、あれならなんとかなりそうだ。
「ダスティーのやつ、なんだかジークリンデさんを見る目が変わったみたいですね」
「あの子は最初からああだったわ。自分が気づいてなかっただけよ」
ジークリンデの視線は、すぐに集まってきたケイオスに向いた。
さっきだけでも8匹は倒したのに、まだいるのかよ。
「さて、ワタシ達の相手はテロリスト、もといケイオスね。確か、契約した人間から魔力を無理矢理吸収して、あの姿を保ってるんですって?」
「半分正解です。連中は人の負の感情で支配して、魔力を与えさせています。あの様子を見るに、テロリスト連中がケイオスと契約したんだと思いますけど……存在を成り立たせる反転世界を現出させてないってことは、履行が完了してますね」
「履行すると、どうなるの?」
「魔力を吸い尽くして……負の感情すら魔力に変換して、桁違いに強くなります。あの数を見るに、かなり強い魔力を持つ人間と契約したと思います」
テロリスト全員が変身しているとすれば、これだけの数を敵は揃えてきたことになるし、そうは考えづらい。
増殖か、あるいは複製かはともかく、テロリスト『解放者』以上のアディオルが存在すると思った方がいい――そんな芸当ができるなら、魔力の供給は恐らく十分だ。
宿主の所在を俺が予想するよりも先に、ジークリンデがぽん、と手を叩く。
「……ダスティーかもしれないわね」
「彼女の行動に、心当たりが?」
「どうかしら」
子供達を逃がしたダスティーが宿主だと聞いても、俺は不思議と「彼女を今すぐ追って倒さないといけない」とは思わなかった。
ジークリンデへの憎しみを利用されたとか、貴族主義の考えを増幅されたとかの理由は思い当たっても、実行するような女性に見えなかったからだ。
そもそも、俺達を狙うチャンスを何度も不意にするほどマヌケじゃないしな。
(解放者の連中と契約するのが普通だろうけど、あいつらは魔法を使えないはずだ。だったら、石を持ってるのがあいつらで、契約したのはダスティー……)
要するに、魔力を与えているのがダスティーで、使っているのがテロリスト。
その違和感に、前世で絶賛ゲームプレイ中だった俺は気づいた。
(……おかしくないか? ケイオスは契約した相手だけからしか魔力を吸わなかったのに、使ってるのは別人なんて、今までなかったぞ)
何というか、その状況はゲーム的に見ればややこしい。
これまではケイオス1匹に対して倒すべき相手がひとり。
複数に増えればケイオスの仕事はやりやすくなるだろうけど、明らかにゲームのテンポを損なう。
――あくまで、ゲームの中の話だろう?
――合理性を求めれば、俺達が追いかけにくい環境を作るのが当然じゃないか?
(俺の考えすぎか、それともケイオスがゲームの設定から逸脱し始めている――)
敵を前にしても、俺の思案は止まらない。
ここで答えを出さないと、気が済まないほどだった。
「しゃきっとしなさい、ネイト。考え事は後よ」
そんな俺の肩を、ぽん、とジークリンデが叩いた。
制服越しに温かさが伝わって、やっと俺の意識はこちらの世界に戻ってきたんだ。
「とにかく、あのケイオスを全部倒せば、契約者も解放されてテロリストも一網打尽ね。だったら、ここであいつらも他のやつらも叩きのめすのが、正解じゃないかしら♪」
言われてみれば確かに、ぞろぞろと集まってきて、もうとっくに20匹をゆうに超えているアディオルを放置して考え事をするのはよろしくない。
これまでギリゴルを、ハファーマルを倒してこそ道は拓けた。
だったら今回も、人を苦しめるケイオスをぶちのめしてやるだけだ。
「……それもそうだ、うだうだ悩むのは時間の無駄だぜ!」
俺が勢いよく手を叩いて魔法を発動すると、ジークリンデも冷気を手に溜める。
「氷魔法『等活の獄・アブダ』!」
「融合魔法レベル6! 『電極刺突』!」
そして俺達が手をかざすと、ジークリンデの手からは触れるものすべてを凍らせる冷気が、俺の手からは細い電気の針が大量に解き放たれた。
アディオルが凍り付き、体を針で貫かれて粉々に砕け散る。
視界に映るケイオスは、これで一網打尽だ。
「どれだけ数がいようが、俺達なら余裕で……」
ところが、どうやらこれで終わりじゃないらしい。
『我らアディオル』
『決まりを外れたもの』
『アディオルは力を与えられた』
力を与えられた、とかのたまうアディオルは、四方八方から現れる。
『『我らはアディオル』』
たちまちアディオルが補充されたどころか、さっきの倍近い数になった。
とある青い狸のロボットが出てくるアニメで、放っておけばひとつの物質が倍になり続けるアイテムがあったけど、ありゃ確かに脅威だな。
「……1匹残せば残りが増えるなんてのは、ケイオスの特徴なのかしら?」
でも、あれと違うのは、こいつらは簡単に倒せること。
ついでに俺とジークリンデなら、まるで敵じゃないってことだ。
「あいつの能力ですけど、関係ないですよ」
「そうね、全部凍らせてやれば一緒だわ!」
どれだけの数のアディオルが迫ってこようが関係ない。
俺達は魔力を両腕に滾らせながら、敵を迎え撃った。
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