アディオル、ひとつですべて
「ネイト、あれがドミニクの言っていたケイオスと思っていいのかしら?」
「はい……人と契約を結んで、憑りついた人の感情を魔力に変換して吸いあげて、自分の力にする化け物ですよ」
俺やジークリンデ、ヴァリアントナイツに向かって唸るのは、黒い犬。
体躯は大型犬ほどで、目は爛々と輝き、口から牙が飛び出ているさまを見ると、犬というよりは狼、と称した方が近いか。
「感情ってことは、怒りとか憎しみとか? 確かに魔法は感情が強まっている方が、威力が増すとは言うけれど、それ同じような理屈なの?」
「理解が早くて助かります。ついでにあいつら、まあまあ強いですよ」
ここまで呑み込みが早いなら、説明は十分だ。
「それにしたって、なんでテロリストがケイオスと契約してるかはさっぱりですけど!」
戦い慣れしている俺達は、一斉に魔法を構えた。
ソフィーとパフが火を滾らせ、テレサが亜空間から大斧『ベノムバイト』を取り出し、クラリスが鞄から骸骨人形と西洋人形をぼとぼとと落とす。
そして俺が両手に魔力を灯したなら、今回もケイオスは簡単に撃退できる。
「ふふーん! ヴァリアントナイツが全員揃ってるなら、敵じゃないもんね!」
ソフィーもそう思っていたけど、テレサの顔は妙に険しかった。
「いいえ。今回はこれまでとは、事情が違うようです」
彼女がほんのわずかに顔をしかめた理由を、俺達はすぐに思い知った。
黒い犬の姿をしたケイオスの後ろから――同じ姿のケイオスが出てきたんだ。
しかも1匹、2匹じゃない。まったく同じ体躯、同じ殺意、同じ意志を伴った怪物がぺたぺたと奇怪な足音を立てながら、ぞろりと並び立った。
『我はアディオル』
『我らはアディオル』
『アディオル、ひとつにしてすべて』
まったく同じ声で喋るケイオスの声を聞いていると、耳がどうにかなりそうになる。
「……おいおい、数がいつもより多くないか……!?」
困惑しているのは俺だけじゃなく、一度ケイオスに支配されたクラリスも同様だ。
「け、ケイオスは……1匹しか……い、いないのですか……?」
「これまではそうだった! ギリゴルもハファーマルも、その1匹しかいなかったんだが、こいつらはどう見ても10匹はいるぜ!」
なまじケイオスとの戦闘経験があるからこそ、俺達はどうしても、こいつらに何かしらの秘密があるんじゃないかと疑い、攻め手になれなかった。
ただ、唯一ケイオスと戦ったことがない人物だけは、話が別だ。
「別にいいんじゃない? 数が多くても、倒す敵はひとつだけ。だったら、まとめて氷漬けにしてあげるだけよ」
ジークリンデは俺達が動くのを待たず、右手に冷気を溜め込んで前に出た。
黒い犬が一斉に動き出そうとするより、彼女の魔法が煌めく。
「氷魔法『等活の獄・アブダ』!」
そして彼女が手をかざすだけで、すさまじい勢いで辺り一面が氷に覆われた。
南極に放り込まれたような冷たさと共に、木々も建物も関係なく、まばたきする間に表面を支配して、動きを止めてしまう。
気候を支配する魔法からケイオスが逃げられるはずもなく、アディオルと名乗る黒い犬も、一切合切すべてが凍結してしまった。
「……いや、やっぱチートだろ、この魔法……」
驚きで思わず口が開く俺の隣で、ソフィーやクラリスが目を輝かせてる。
「すごい、すっごーいっ! あんなにいたケイオスが、ぜーんぶ凍っちゃったよ!」
「これが……フヒ、聖徒会会長の、力……!」
生徒からの称賛の声は、ジークリンデには心地いいみたいだ。
「これくらいは朝飯前よ。『太陽の家』の皆を逃がす時間稼ぎには十分だわ――」
ところが、彼女の鼻高々な声色は、たちまち別のトーンに取って代わった。
「……ちゃん、ねーちゃーん……」
どこからか鳴り響く、子供の声を聞いたからだ。
助けを求めるような声が耳に入ってきたのは彼女だけじゃなく、俺達も同じだ。
「ジークリンデさん、あの声は!」
彼女が俺達と違うのは、声の出どころまでも、すでに見つけていたこと。
「――ダスティー!?」
そして、声を発させている根源までも見つけていたことだ。
ジークリンデが凝視する先を俺が見ると、騒ぐ子供を必死に抑え込みながら、施設の裏へと逃げ去ってゆくダスティーの姿があった。
しかもわざとらしく、こっちが気づくまで大袈裟な身振り手振りで、どたどたとどこかに向かうんだ――まるで、俺達に見つけてほしがっているように。
「ダスティーが、どうしてここに!?」
「彼女がどうして『太陽の家』の子供と保母さんを捕まえてるのかは知らないけど、ああやってわざと見せつけたってことは、ワタシを誘ってるってこと!」
初めて目に怒りの炎を灯らせたジークリンデは、もう俺達と相談なんかしない。
「だったら乗ってやるわ! あの子達には、傷ひとつつけさせないわよ!」
言うが早いか、彼女は氷漬けになったアディオルを無視して、子供を誘拐するダスティーを追いかけだした。
俺もこんな状況じゃなければ、ダスティーを捕らえていた。
すぐにそうしなかったのは、アディオルというケイオスが現れたところに、わざわざジークリンデと因縁のあるダスティーが来たからだ。
どう考えたって、関係ないわけがない。
「ダメだ、ジークリンデさん! それはきっと罠だ!」
「罠でも何でも、子供を見捨てるような女に聖徒会会長なんて務まらないわ!」
それでも彼女は、俺の制止を無視して走っていった。
ジークリンデの姿が見えなくなっても、俺達は誰も彼女を止められなかった。
止めたところで、彼女は振り切るだろうって確信してたからだ。
「クソ、嫌な予感がするって、最後まで聞いてくれてもいいだろうが……」
苛立ちを覚えてしまった俺は、つい歯ぎしりをしてしまう。
「ネイト君、あれ!」
「今度はなんだ!?」
しかも、悪いことは重なるみたいだ。
ソフィーが驚いた顔で指さす先から、またまたアディオルが出てきた。
『我はアディオル』
『我らはアディオル』
『アディオルはアディオルを救う』
しかも凍らされた同胞を叩き、外側の氷を破って蘇らせる始末だ。
「……まだいるのかよ……!」
さっきの数に追加して、合わせて20から25匹。
こうなればもう、ここで大盛りマシマシのケイオス全部を相手にするしかない。
「撤退すれば、連中は『太陽の家』を襲いかねません。ネイト様、ここで新手が出なくなるまで撃退するのが、最善の策かと」
「私達だけで倒せる数になったら、ネイト君はカイチョーさんを追いかけてあげて!」
この状況での提案に、俺は首を横に振った。
「そんなことできるか! あいつらはケイオスで、テロリストの可能性もあるんだぞ!」
いくらジークリンデが心配だからといって、大量のケイオスと対峙させて仲間を置いていけるわけがない。
あのアディオルの数が、あれで全部なんて保証もないんだから。
「た、試してみますか……ボクらだって、フヒヒ、ヴァリアントナイツです……!」
だけど、それでも仲間達は自信満々に言った。
ここは自分達に任せて、助けるべき人を救ってほしいと。
「魔法警邏隊もじきに到着するでしょうが、待ってはいられません。テレサ達が時間を稼ぎますので、ネイト様は隙を見て、さらわれていない子供達をお探しくださいませ」
付き人にまでこう言われたのなら、残り続けるのは失礼だ。
俺がやらなきゃいけないのは、あいつらをできる範囲で片付けて、すぐにジークリンデを守ることだから。
「……ヴァリアントナイツのルール、その1!」
互いに頷き合い、ルールを確かめ合う。
「「『いのちをだいじに』っ!」」
そして俺達は、一斉にアディオルめがけて突進した。
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