『太陽の家』
聖徒会会長を決める選挙で、ジークリンデが大勝した数日後。
「……あの、ジークリンデさん?」
「何かしら?」
「今更ですけど……なんで俺は、わざわざ休みの日に聖徒会会長に連れられて、名前も知らない施設で子供達と遊んでるんですかね?」
俺と彼女は、トライスフィア魔導学園を出て、王都の中心部にいた。
本当なら調べ事とか、いろいろやりたいことがあったんだけど、ジークリンデは俺を校内で見つけるや否や、手を引きずって学校の外へ引きずり出したんだ。
そうして訳も分からないまま、俺がやってきたのは、大通りに面したある施設。
子供達が広い庭ではしゃぎ、俺やジークリンデと遊ぶ――恐らく、児童保護施設だ。
そんなところで子供と手を叩きながら、彼女は意地悪い笑みを浮かべる。
「強いて言うなら、貴方がワタシの胸を思う存分楽しんだお代ね♪」
おいおい、それを話すのはズルだぞ。
しかもあの時は、ジークリンデから柔らかいところに引き寄せたんじゃないか。
「いやいや、あ、あれはですね!」
あの話を引き合いに出されれば、バストサイズ3桁超えは確定しているものを心ゆくまで堪能したのは事実だから、反論も抵抗もできるわけがない。
だとしてもと、しどろもどろになるしかない俺を見て、彼女はにっこりと笑った。
「ふふ、冗談。正解は、貴方にワタシの活動を知ってほしかったからよ」
すっくと立ちあがった彼女は、青い屋根の建物に駆けてゆく子供達を見据えている。
その目は生徒に向けるものとも、俺に向けるものとも違う。
「『太陽の家』。ハーケンベルク家が運営している、色んな事情で親を失った子供達の世話をしている施設……あら?」
何かを話そうとした彼女の足元に、ボールが転がってくる。
きっと、こっちに走ってくる男の子ふたりが蹴ったボールだろうな。
「ねーちゃん、ボールとってーっ!」
「よーし! それじゃあいくわよ、オラァッ!」
ジークリンデはためらいなく、ボールを思いきり蹴っ飛ばした。
返した、と呼ぶのは無理があるほどの勢いで、ボールは子供達の頭を飛び越してゆく。
「うわ、すげー!」
「おとなげねーっ!」
「いつでも全力を出せるのは大人の特権だって、いつか分かるわよーっ」
笑いながらボールを追いかけてゆく子供に手を振り、ジークリンデが満足げに頷いた。
「大人って、俺もジークリンデさんも、まだ学生でしょ」
「それでも、大人と同じくらい世の中に貢献しているつもりよ」
肩をすくめる彼女の貢献を、俺はよく知っている。
「ワタシは両親のように、恵まれない子に手を差し伸べて、やりたいことをやれるように支援しているわ。潰れかけていた『太陽の家』に資金援助をして、こうして月に何度か様子を見に来るなんて、他の貴族にできるかしら?」
ここに来る前に読んだ『フュージョンライズ・サーガ』の設定によれば、ハーケンベルク家は恵まれない子供や貧困に苦しむ層への援助を惜しまないので有名だ。
性格が変わる前のジークリンデもそうだとはストーリーで軽く触れられていたけど、まさかここまでがっつり関わっていたとは思ってもみなかったな。
「それって、自慢ですか?」
「可愛い後輩の前だもの、自慢のひとつくらいさせてちょうだい♪」
もう一度、ジークリンデはずっと遠い空を見つめた。
「『富と権威は、未来に希望をつなげるために使いなさい』……ワタシの母上の言葉よ」
口から出てきた言葉は、虚しさというか、彼女の雰囲気じゃない何かに満ちている。
「でも、多くの貴族はそうじゃない。魔法の才覚に溺れて、権威をかさに着て横暴な態度を取るばかり。学園にはびこる貴族主義の思想は、外でも広がっているわ」
ジークリンデは今のような慈善活動の中で、どれほどの悲劇を見てきたんだろうか。
今の彼女に至るまでの間に、どれだけ理不尽を耐え忍んできたんだろうか。
「そして抑圧が、反発を生む。王都で近頃、反魔法主義や反貴族主義のテロ活動が活発化しているのは、元をたどれば貴族がなすべきことを勘違いしているのが、理由なの」
その結果が、きっと今話しているテロリストだ。
『フュージョンライズ・サーガ』の中ではわずかにしか出てこなかったけど、テロ活動が王都で活発化しているのは、このあたりじゃ常識になりつつある。
嫌な常識だし、世間が「それが起きうるのは当然だ」と思ってるのも、複雑な気分だ。
「反貴族に反魔法……どこにでも、テロはあるんですね」
「中でも二つの特徴を持つ『解放者』はかなり危険よ。ここ2カ月ほどで急に活発化した組織で、見たこともない魔法を使うって噂だわ」
「『解放者』、か……」
気づけば、ジークリンデの瞳は『太陽の家』を捉えていた。
「もしもそんな連中が学園の近くまで来たら、ここにも被害が及ぶかもしれない。そうなる前に、『太陽の家』を少し離れたところに移設したいの。あの子達がもっと安全に、幸せに暮らせる場所をいつでも探してるわ」
ただ資金の援助をしたり、遊んだりするだけじゃなくて、施設そのものが長く続くように移設まで考えているなんて。
俺は彼女がオトナだなんて、とちょっぴり心の中で肩をすくめたのを反省した。
誰かを助けるのに必死になって駆け回る俺より、ずっと大人だ。
「……すごいですね」
「どうしたの、急に?」
大人どころか、自分が子供っぽく思えて、俺は顎を擦った。
「俺は目の前の人ひとり助けるのも必死なのに、ジークリンデさんは……」
「自分を卑下するのはやめなさい」
彼女の声が、俺の言葉をぴしゃりと制した。
はっと俺が顔を上げると、ジークリンデは眉間にしわを寄せていた。
彼女の目が何を意味しているのか、どんな理由があるのかは察せなくても、ジークリンデ・ハーケンベルクという人間が最も嫌う行いを俺がやったのだとは理解できる。
自分はダメだ、なんてのは彼女が演説で語った未来とは真逆の思想だからだ。
「人には人の役割があるのよ。ワタシが持つ役割と、ネイト・ヴィクター・ゴールディングが持つ役割は違っていて、それを比べるなんてできないわ」
まるで自分の子を諭すように、ジークリンデは真剣に語る。
いや、彼女にとって、生徒は誰もが自分の子供なのかもしれない。
「貴方は誰かを守る時に手を抜いたりはしない、いつでも全力で頑張ってると思うのよ。それって、とっても素敵なことじゃない?」
さっきまでよりずっと明るい笑顔を浮かべ、彼女は俺の手の上に、手のひらを重ねた。
笑っている時とそうでない時との温度差で風邪をひきそうになるけど、そこもジークリンデという人間の魅力、なんだろうな。
「……ありがとう、ございます」
小さな声で答えた俺の手の甲から、彼女の暖かさが伝わってくる。
母性キャラからイケイケになっても、本来持っているぬくもりは、そのままだ。
「手、あったかいですね」
「よく言われるわ。でも、貴方に言われるのは特別、嬉しい気分になるわね」
不意に、漏れるように呟いた彼女の声に、俺ははっとした。
俺に言われるのが嬉しいってのは、もしかして。
「……それって――」
そういうことなんだろうか。そういう意味なんだろうか。
守るべきヒロインとこんな雰囲気になっちゃいけないと分かっているつもりでも、俺はどうしても気になってしまい、ジークリンデに問いかけようとした。
――その時だった。
「「――いい雰囲気を探知っ! 突撃いぃーっ!」」
突然、近くの草むらが盛り上がったかと思うと、何かが俺に突進してきた。
「おわあああああっ!?」
俺を突き飛ばし、ジークリンデとの間に割って入ったのは、黒服に身を包んだヴァリアントナイツの皆だった。
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