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【side???】憧れたあの人

「……しばらく、ひとりにさせて」


 とすん、と椅子に腰かけて、ダスティーはつぶやいた。

 選挙が終わってから抜け殻のようになっている彼女を、誰もいない聖徒会室に連れてきた面々は、互いに頷き合った。


「分かりました。ダスティー様、何があっても我々はあなたの味方です」

「ありがとう。わたくしも、貴方達を信頼してますわ」


 ひとり、またひとりと部屋を出て行き、ダスティーだけになる。

 カーテンも閉め切られた孤独(こどく)な部屋で、彼女はただため息をつくばかり。


「……ふう……」


 思い返すのは、選挙の結果と自分の打ち砕かれたプライドばかりだ。

 ――ジークリンデの演説の後、ダスティーは自分が何を話したか覚えていない。確か、貴族が導くべき学園の未来について語ったはずだ。

 頭に残っていないのは、彼女だけでなく、他の生徒も同じだろう。

 それほどまでに、ジークリンデが多くの生徒に新しい希望を与えたのだから。


『そ、そんなバカな……投票数の9割を、持っていかれるなんて……!』


 膝から崩れ落ちたダスティーのそばで、ジークリンデは笑っていた。


『圧勝ですね、ジークリンデ会長』


 自分達への侮辱ではなく、ネイトと友人が駆け寄ってきたからだ。

 要するに、戦いへの執着などこの程度なのだ。


『皆が勇気を持ってくれた証よ。ところでネイト、その子達はどうしたの?』

『あー、いや、俺にも分かりません』

『ネイト君防衛網、展開だよっ!』

『ふんすふんす』

『フヒ……』


 ネイトの友人が黒服をまとい、ジークリンデと彼の間で鼻息を荒くしているのも、彼女にとってはとても楽しそうだった。


『なんだか楽しそうね! ワタシも混ざりたいけど、今はそれよりも……』


 ただ、彼女はネイト達に混じるよりも先に、ダスティーの方を見た。


『何の用ですの、ジークリンデ!』

『ダスティー、ワタシは貴女が負けたなんて思ってないわ』


 そう言って彼女は、ライバルに手を差し伸べた。


『ワタシと一緒に来てちょうだい! 一緒に、学園をより良いものにしましょ!』


 しかも、自分と共に道を歩もうとまで言ってのけたのだ。

 ついさっきまで、己を任そうと躍起になっていた相手に対してだ。


『……も、モンテーロ家の女に情けをかける必要なんてありませんわ! わたくしは諦めません、絶対に諦めませんわよ!』


 その手を掴みたい衝動を、ダスティーは辛うじて残るプライドだけで跳ねのけた。

 どうしようもない屈辱に思えて、耐えきれずに大講堂を飛び出して、無我夢中で聖徒会室まで来てようやく一息ついて――今に至る。


 落ち着いた頭の中で巡るのは、貴族主義の今後や在り方だ。


(確かに貴族主義は、人を多く傷つけてきましたわ。だけど、学園を導くだけの力もあるはず。少なくともわたくしは、正しい貴族の在り方を知らしめようと努力しましたわ)


 アラーナ・ビバリーやジョン・ロックウッドのような下劣な貴族と違い、ダスティーは誇りを信条にして、貴族のすばらしさと従う正しさを()いてきたつもりだった。


(わたくしは……あのジークリンデに憧れていたのですわ。貴族として誰よりも強く、美しく、気高いお方……)


 彼女の憧れがいまだに行動として根付いているのは、入学当時に見た同級生、ジークリンデの凛とした佇まい、振る舞いがあるからだ。

 あの女性こそが貴族の体現者であり、貴族主義の頂点としてトライスフィア魔導学園を導くと信じて疑わなかった。

 彼女が次第におかしくなっていったのに、進級するたびに気付いた。

 何度も王都を散策しながら方々を歩き回ったかと思えば、何日も帰ってこない時もあったし、突拍子もない提案や施策でダスティーを何度も悩ませた。


(いまやパッパラパーのちゃらんぽらんになったと思っていて……幻滅(げんめつ)したわたくしは引導(いんどう)を渡そうと、彼女を蹴落とそうとしましたわ……)


 あんな輩に何を任せられるか、と今日までは心底思っていた。

 だが、ジークリンデは誰よりも――自分よりも、未来を見据(みす)えていたのだ。


(でも、あの演説は……あの方は、誰よりも学園と生徒を愛していて……!)


 だからといって、手のひらを返すわけにはいかない。

 崩れ落ちるプライドと信念の重圧に、自分が耐えられないのを知っているから。


「わたくしは、今更どうすれば……」


 頭を抱えたくなった彼女が俯いた時、ことん、とテーブルから音が聞こえた。




「紅茶です。どうぞ」


 ()()が、紅茶を淹れてくれたらしい。

 自分の仲間は皆、外に出たと思っていたが、誰かが残っていたのだろうか。


「……ありがとう……」


 苛立ちよりもありがたさが勝ったダスティーは、紅茶をひと口、静かに(すす)る。

 生徒の顔は逆光で見えないが、恐らく女子生徒だろう。


「ダスティー・モンテーロさん。ひどく悩んでいるようですね」


 なんだか心に染み入るような、聞いたこともないような声。


「その悩み事、私の友人なら解決できるかもしれませんよ」

「え?」


 そんな声でささやかれたのだから、ダスティーはカップを落としかけた。

 動揺を隠せないままカップをテーブルに置いた彼女をよそに、声は話を続ける。


「私の友人に、不思議な力で願い事を叶えてくれる()がいるんです。彼にお願いすれば、ジークリンデを黙らせられますよ」

「だ、黙らせるなんて、そんなやり方は……」

「でも、このままじゃ貴族主義は消えてしまいます。平民が勘違いしてのさばって、本当に才能ある人が多数決の世界で消えてゆくのが、正しいのですか?」

「……それは……」


 恐ろしい提案だというのに、ダスティーは心の底から拒めない。


「安心して、あなたが何かをする必要はありません。ただ、強く願えばいいんです。ジークリンデに()()()ほしいと」


 心臓の底に溶け込むような甘い誘惑を、なぜか振り切れないのだ。

 まるで、植物の毒で意識がもうろうとしているかのように。


(……頭が……ぼんやりと、して……)


 視界すらぼやけ始めた時、声はダスティーのそばに寄ってきて、言った。


「言え。アディオルに願え。邪魔者を消すために魔力を貸させてくれと契約しろ」


 もう、人の声ではなかった。

 だとしても、ダスティーには関係なかった。


「……魔力を、あげますわ……だから貴族の恥を、どこかにやって、くださいまし……」


 彼女の答えを聞き、声は少しだけ遠ざかる。


「おめでとうございます。あなたの真の望みはケイオス、アディオルが叶えてくれます。そしてあなたとケイオスの契約も成立しました」


 とんでもない理不尽な契約を、ダスティー・モンテーロは半分も聞いていない。


「あなたの魔力を、あなたの望み通り、永遠にお借りします。なので特別に、願いが叶うさまを、その場で見せてあげましょう」


 何が起きるかも分かっていない。


「ケイオスの主導者――ヴィヴィオグルよりもたらされた”オグル”のチートで。テロリストというイベントを使い、邪魔者を消しましょう」


 チートとは。

 ケイオスとは。

 すべてを聞く前に、ダスティーの意識はもとの調子を取り戻した。


「……あら? わたくし、いつの間に紅茶を……?」


 すっかり冷めてしまった紅茶からは、湯気が立っていない。

 どうやら悪い夢を見るほど、疲れてしまったようだ。


「疲れているのかしら、体も重いし、魔力も澱んだようで……もう、帰りましょう……」


 もう何も考えたくないとばかりに、ダスティーはとぼとぼと聖徒会室を後にした。

 ――彼女の目が、紫色になっているのにも気づかず。

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