お姉ちゃんに甘えんぼ
俺は思った――この人も、もしやケイオスと契約してるんじゃないかと。
「な、なんでそれを……!?」
バクバクと鳴る心臓を抑えながら問いかけると、ジークリンデはおどけた様子を見せながら、俺の肩を軽く指で小突いた。
「うふふ♪ ワタシがドミニクに、何も聞いてないと思った?」
気づけば、恐ろしさすら感じた表情は、いつものあどけない明るさを取り戻していた。
ここで俺はやっと気づいた。
彼女はドミニクから紫の石や、俺が教えたケイオスについての情報を聞いており、それでかまをかけたというわけだ。
要するに、彼女はケイオスと何の関係もなく、さっきの態度は演技だな。
とんでもないドッキリに俺が肝を冷やす姿を見て、ジークリンデはくすくすと笑った。
「貴方が学園で起きている妙なトラブルを調査してて、それを引き起こす怪物、ケイオスと戦ってるって話してくれたわ。ソフィーって子が言ってた通り、ネイトは悪役どころか、正真正銘のヒーローね♪」
俺がどんな気持ちで、人の欲望を敵意に変えるケイオスの話をしたと思ってるんだよ。
「ドムのやつ、口が軽いぜ……!」
「彼を責めないであげて。ワタシが頼み込まれたことなのよ」
頬杖をつく俺の前で、ジークリンデが手を振った。
「ドミニクはね、貴方を心配しているの。単に学園の平和を守るとか、悪党を倒すだとか……貴方がそういった目的以上の何かのために戦ってるって、彼は思ってるわ」
俺は肘を机から離して、目を丸くした。
ゲームのバッドエンドを回避するために戦っていると、ドミニクに一度だって打ち明けたことはないんだが、彼は少なくとも、俺が運命を知っていると気づいてる。
そしてそれは、ジークリンデも同じだ。
ただ学園の平和を守る以上の理由を分かっているんだ。
「きっとワタシにも、仲間にも話せないのよね?」
「……はい」
「だったら、無理に話せとは言わないわ。その代わりに――」
ジークリンデは静かに席を立って、俺のそばにひょこひょこと近づいてきた。
そして――俺を抱き寄せたんだ。
「わ、ちょっと!?」
クラリスよりも大きなそれに顔が埋まって、フローラルな香りが頭を埋め尽くす。
「ずぅっと怖い気持ちを抱えて生きてるなんて、胸が苦しくって仕方ないじゃない? だったら、そういうのは他の人と分かち合えばいいのよ!」
俺の羞恥心なんてお構いなしの、ジークリンデの明るい声が聞こえる。
確かに人と分かち合うのは大事なことなんだろうけど、こっちはいい匂いと柔らかさ、恥ずかしさでそれどころじゃない。
いつまでもこんなところに捕まってるとよくないし、誰かが聖徒会室に入ってくる前に、いい加減無理矢理にでも抜け出さないと――。
「――ネイト、苦しくなったらワタシに甘えてちょうだい。仲間にカッコいい自分を見せるのと同じくらい、ワタシに弱いところを見せてちょうだい」
そう思っていたはずなのに、俺の手は抵抗をやめた。
この世界で初めて言われた言葉が、不思議なほど心に染み渡ったからだ。
「……いいんですか。こんな恥ずかしいところを見られたら……誤解、されますよ」
弱いところを見せていい、ただそれだけなのに。
俺はもう、ジークリンデから離れようとは思わなかった。
「フフフ、面白そうね。ネイトも誤解されるなんて言っておきながら、抱きしめる力が強くなってるのに、自分で気づいてるかしら?」
彼女の言う通り、手が自然と背中に回っていても構わない。
きっと――本当は優しい彼女ならしないと知っていても――ここで押し倒されたって、俺は抵抗できないかもしれない。
3桁越えの包容力の魅力、それ以上の優しさなんて、誰も抗えるはずがないんだ。
「……ずるいですよ、ジークリンデ会長」
「女の子って、貴方が思ってるよりずるい生き物なのよ♪」
くすりと笑う彼女の視線が、ふと、窓の外に向いた気がした。
気がした、というのは、彼女の顔なんて胸に埋まったままじゃあ見えないからだ。
「どうかしたんですか?」
俺の声に、頭を撫でる行為が返ってくる。
「ううん、なんでもないわ。ネイトは授業が始まるまで、ジークリンデお姉ちゃんのことが大好きな、甘えん坊の赤ちゃんになってなさい♪」
「……だから、恥ずかしいですって……」
恥ずかしいけど、俺はしばらくそのままでいた。
授業の始まりを告げるベルがなって、本当の意味で我に返るまで、俺はソファーに座ったジークリンデの胸元で甘えていた。
自分が何をしていたかを悟って、慌てて離れた俺を見るジークリンデの心底楽しそうな顔は、きっと一生忘れられないだろうな。
そう思わずには、いられなかった。
時を少しだけ遡って、ネイトがジークリンデに甘やかされていた頃。
『ぎゃぎゃ、ぎゃーうがう!』
北校舎3階の廊下の端で、パフが身振り手振りでソフィー達に説明をしていた。
彼女が伝えている内容はというと、窓の外からこっそり目撃した、ネイトとジークリンデの逢瀬の詳細だ。
ソフィーから「ネイト君が気になるので監視してほしい」と頼まれたパフが見たのは、聖徒会室での一部始終。
もちろん、爆乳甘えんぼという、後にネイトが目撃を告げられると羞恥心で即死するようなイベントも含めて、である。
そんなラブコメ同然のシチュエーションを聞いたソフィー、テレサ、クラリスがショックを受けるのは当然と言えた。
「や、やっぱりカイチョーさん、ネイト君を狙ってたんだーっ!」
「フヒィ……しょ、ショックです……」
「落ち着いてください、皆さま。いくらネイト様とジークリンデ様が同じ部屋で密着していたとはいえ、恋人同士であると、と、ととととと」
特にテレサはショックだったのか、無表情でカクカクと顔を揺らし始める。
「わーっ!? テレサちゃんが壊れちゃったよ!?」
「落ち着いて、ください……こういう時は、叩けば……治り、ますっ」
クラリスが骸骨人形で黒髪のつむじを軽く小突くと、テレサの奇行が止まった。
「はっ。テレサ、危うく天に召されるところでございました」
さて、仲間の正気を取り戻したのはいいが、目下の問題は解決していない。
「……で、ですが……このままネイトさんが、聖徒会会長と仲良くなって……もしも、僕達と……あまり、会ってくれなくなったら……」
「ワ……ワ……」
「ヤダーッ!」
「な、泣いちゃった……」
なんかちいさくてアレなやつのように、小さくなって騒ぎ出す一同。
これまで仲良くしていたネイトが、大人の魔性でかっさらわれようとしているのだから、無理はない。
しかもひとりでは、とてもあの会長に勝てる気がしないのだ。
「そんなのやだよっ! カイチョーさんはいい人で、とってもカッコいいけど、それでもネイト君はひとり占めさせたくないもんっ!」
「独占禁止法違反でございます。ネイト様は、テレサが守護らねばならぬ」
「……そうですね……いきなり現れて、かすめ取るのは……も、元風紀委員から見ても……フェアでは、ありません……!」
ならば、3人が取れる選択肢はひとつ。
1枚の盾では砕けてしまうが、3枚なら会長のオトナ・アダルト・アタックをしのいで、見事打ち勝てるはずだ。
「では、こうしましょう――テレサ達で『ネイト様を守り隊』を結成するのです」
こうして、今ここに新たなる組織が結成された。
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