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ジークリンデの迷い

 その日の昼休みに、俺はいつもなら絶対来ないところに来ていた。

 北校舎の4階、螺旋階段(らせんかいだん)を上った先にある豪奢(ごうしゃ)な扉――聖徒会室だ。

 聞くところによると、俺だけじゃなくて、普段は用事のある生徒すら、特別な雰囲気を感じて来るのをためらうような場所らしい。

 ま、だからといって、いつまでも扉の前で立ち往生しているわけにもいかない。


「失礼しまーす……」


 コンコン、とノックして、恐る恐る扉を開けた俺の目に飛び込んできたのは、ゴールディング家の客室もかくやという豪華な部屋だ。

 赤いふかふかのソファーにカーペット、大きな窓に高級な素材のテーブルと椅子。


「いらっしゃい、ネイト! 遠慮しないで、好きなところにかけてちょうだい!」


 その奥に腰かけているのは、ジークリンデだ。

 聖徒会会長とは思えないほどだらけた座り方をしている彼女に、俺は内心ちょっとだけほっとしつつ、部屋に入った。


「あれ、聖徒会のメンバーはいないんですか?」

「半分はダスティーのお見舞い、もう半分はワタシがお願いして、席を外してもらったわ。しばらくは会長じゃないんだけど、部屋を使わせてもらえるのはありがたいわね」


 ジークリンデは立ち上がり、すぐそばにある不思議な装置に手をかける。


「紅茶はお好き? それとも、コーヒーの方がいいかしら?」


 どうやらこれは、『フュージョンライズ・サーガ』の世界におけるコーヒーメーカー的な装置のようだ。


「じゃあ、コーヒーで。砂糖とクリームも、お願いします」

「オッケー♪」


 彼女がマグカップを置き、ボタンを押すと、コーヒーが砂糖と一緒に(したた)り落ちる。


「魔道具って便利ね。ひとりでにコーヒーも紅茶も淹れてくれて、おまけに砂糖の量まで調整してくれるんだから。学園にも、早く設置してあげたいわ」


 あっという間に完成したふたり分のコーヒーが置かれた場所に、俺は座る。

 彼女はどこでも座っていいと言っていたけど、コーヒーの湯気が立つのは、ちょうどジークリンデの向かい側だ。


「……それで、俺をここに呼んだのは、この魔道具を紹介するためですか?」


 椅子に腰かけながら、マグカップに触れるより先に、俺は聞いた。


「いいえ、違うわ。貴方とお話をしたいのよ」


 彼女もなぜか、コーヒーを置くだけで、飲もうともしない。

 決闘の時は、周りの目も気にせずにがぶ飲みしていたのに。


「貴方の噂は聞いてたわ。貴族、それも名家ゴールディング公爵家の生まれでありながら貴族主義(ノーブル・ワン)燦然(さんぜん)と立ち向かう異端者がいる、ってね」

「俺は悪役ですから。学園で正義ヅラしてるやつが嫌いって、それだけですよ」

「正義ヅラじゃなく、トライスフィア魔導学園では間違いなく正義なのよ。誰も逆らえず、悪だと名指しした生徒が痛めつけられるような、絶対的な正義……はっきり言って、あれが台頭すれば、学園の未来は破滅だったわ」


 どうやら狂った学園のトップは、正気だったらしい。

 自由を愛する彼女にとって、貴族主義なんてのは異質極まりなく見えただろうな。


「だから、ワタシは学園の在り方の答えを得るために、放浪の旅を続けてたのよ」

「放浪って……まさか、それが原因で入学式に来れなかったと?」

「ええ。様々なところに行って、暮らしを学び、人々の声を聞いたわ」


 ようやくコーヒーをひと口すすったジークリンデは、思いを馳せるように目を閉じた。


「結論から言えば、貴族を(ねた)んだり、嫌ったりする声はあった。でも、同じくらい貴族に感謝して、彼らによる支配を受け入れる声もあった」


 貴族が憎まれるだけの存在じゃないってのは、俺も知ってる。

 そうじゃなきゃ、今頃王国は共和国に取って代わられてるさ。


「ワタシは迷って、悩んで……その末に、昔師事した貴方のお兄さん、ドミニクのところに行ったわ。ぶっきらぼうなあの人が答えをくれるなんて思ってはいなかったけど、何かきっかけが欲しかったのよ」


 ぱっと目を開き、ジークリンデのガラスのような瞳が俺を捉えた。


「そこで、ドミニクが言ったの。自分の弟が学園で何をしているか、見るといいって」


 ドミニクの返事は、俺にとってあまりにも予想外だった。

 貴族と平民、トライスフィアの未来について悩み迷う少女への回答として、俺が学園で大悪党ムーブをかましているところを見れば、解決するだって?

 しかも、彼女の口ぶりからして、こっそり学園に帰って来てたみたいじゃないか。

 仮にケイオスとの戦いを見られていないとしても、ジークリンデの目には、俺がダンカンやアラーナ、ジョンの悪事を暴くところを目撃されてたのか。


「ドムのやつ、そんなことちっとも教えてくれなかったぞ……」


 ため息をつく俺の向かい側で、ジークリンデは笑った。


「正直な話、ワタシは全然期待してなかったんだけど……貴方ってば、昔はあんなに弱っちかったのに、今は貴族主義を真正面からぶち壊してるじゃない!」

「俺は貴族主義を壊したくて、やってるんじゃない。仲間をいじめる奴らが、たまたま貴族主義のムカつく連中だったってだけですって」

「それでも貴方の行いは勇気を与えたわ、皆にも、ワタシにもね♪」


 ぱん、と手を叩いた彼女の目は、子供のように輝いていた。


「ワタシは気づいたのよ、ただ偉いだけ、ただ貴族の生まれというだけで人を支配するなんてやっぱり間違ってるって。そして思いついたのよ、貴族主義じゃない形で、彼らが人を導ける手段が、トライスフィアには必要なんだって!」


 彼女の言い分に、俺は違和感を覚えた。

 なんだか、演説で聞いた話とは少し違うような。


「え? 貴族主義を壊すんじゃないんですか?」

「壊すだけじゃ、何の解決にもならないわ! 彼らの中に人を導く才能の持ち主がいるのなら、それを活かす機会を作ってあげないと!」


 いいや、俺の方が勘違いをしていたみたいだ。

 彼女は貴族主義がトライスフィアを滅ぼすと言っていたが、その組織に属する生徒が学園を破滅させるとは言っていない(一部のどうしようもないクズを除いて)。

 聖徒会会長にとって、あらゆる生徒こそが希望なんだ。

 すべての生徒に希望を抱いていて、可能性を見出しているんだ。


「ワタシが咎めたのは、立場や権威にかまけていることだけ! 自らの持ちうるものを与え、共に高め合い、時として高貴さで友人や仲間を導くことこそが、ノブレスオブリージュだと知ってほしいのよ!」


 この世界にフランスはないだろ、ってツッコミは置いといておこう。


「……でも、立派な人です」


 それを差し引いても、俺は心底感心させられた。

 やっぱり、ジークリンデは学園を導く人間の器だと思える。

 ソフィー以上にはちゃめちゃで次の行動が読めないし、自分どころか周りの人間を巻き込んで、突拍子もない提案で既存のルールをかき乱す。

 でも、その理由はあらゆるところで学園の平和と生徒の幸福に紐づいている。

 もしかすると、彼女はドミニクも驚くほどの、為政者の鑑なのかもしれない。


「はちゃめちゃで手段を選ばないけど、大きな目的があって、なりふり構わずまっすぐに進める。聖徒会会長は伊達じゃないなって、実感させられました」


 もう一度コーヒーを飲んで、ジークリンデが俺を軽く指さす。


「あら? ワタシからすれば、ネイトも大きな目的のために動いてるように見えるわ」

「大きな目的、というと?」


 途端に俺は、ジークリンデの雰囲気が変わったように思えた。

 何が変わったのか、と自問自答する俺の返事を待たず、彼女はさらりと言った。




「ネイト……貴方、いつまでワタシに紫の石のことを隠してるつもり?」

「えっ?」

「ワタシが知らないと思ったのかしら? たとえば――ケイオスのことも?」


 ジークリンデの目が、妖しく光る。

 にやりと笑う口元に、これまで出会ってきたケイオスの面影が重なった。

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