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トライスフィア大改革

「痛てて……ったく、昨日はマジで死ぬかと思ったぞ」


 次の日、(きし)む肩や腰を擦りながら、俺は大講堂に来ていた。

 理由はもちろん、ジークリンデ聖徒会会長の演説を聞くためだ。

 バッドエンド回避の大事なヒントがあるかもしれないなら、聞きに来るのは当然だけど、はっきり言ってここにいること自体が俺にとっては針の(むしろ)だ。


「ゴールディングの悪党次男坊め、次に会長様に触れたらただじゃ済まさないわよ」


 なんせ、俺を軽蔑して敵対する視線が突き刺さりまくってるからな。

 昨日は結局、ジークリンデとキスをしてしまったのを見た連中――(した)ってる男子やファンクラブの女子にもみくちゃにされて、調べ物や授業どころじゃなかった。

 要するに俺は、学園中の彼女のファンに宣戦布告したも同然ってわけだな。


「乱暴者の貴族に、ハーケンベルク会長なんてふさわしくないのに!」

「きっと洗脳とかの怪しい魔法を使ったんだよ、俺が先生にチクってやるぜ!」


 まったく、俺からキスしたわけじゃないし、俺はどちらかといえば被害者だぞ。

 なんせ、いくら美人とはいえ、ファーストキスを奪われたんだから。


「ひどい言われようだぜ、なあ、皆?」


 口を尖らせながら振り向いて、俺は仲間に同意を求めた。

 ところが、今度はテレサもソフィーも、クラリスもまるで俺を見てくれなかった。


「……やっぱり……守る……」

「会長……3人で……」


 それどころか、3人で顔を見合わせながら、何かをひそひそと相談してる。


「テレサとソフィーも、どうしたんだ?」

「なんでもございません、なんでもございません」

「フヒャヒ……な、なんでも……」

「そ、そうだよ! 別に3人で秘密の大作戦なんて、考えてないからね!」


 慌てた3人が本当に何も相談してないのなら、たいした演技だよ。


「何もないわけないだろ……まあ、いいや」


 俺が深く追求しなかったのは、興味がなかったからじゃない。

 生徒達の大歓声に包まれて、壇上(だんじょう)にジークリンデが上がってきたからだ。

 わあわあ、きゃあきゃあと黄色い声に包まれる彼女は、美しさこそゲームと変わらないけど、自信たっぷりの顔で手を振る姿はやっぱり違和感マシマシだ。


「――皆、今日はワタシのために集まってくれてありがとう!」


 そんな彼女が挨拶をするだけで、嬉しそうな悲鳴が生徒から飛び出す始末だ。


「まず、新学期が始まってから1ヶ月ほど学園を空けてごめんなさい! でも、これから話す改革のためにはどうしても必要だったの!」


 ジークリンデの改革は、実を言うと俺も気になってた。


「会長の改革なら、きっと素敵なものに違いないわ!」

「我々と同じ貴族として、学園をより高貴な選ばれしものにふさわしいところにしてくれるさ!」

「ジークリンデ様ーっ! ぜひお聞かせくださーいっ!」

「そうね! 単刀直入に、ワタシの大改革を発表するわ!」


 ハーケンベルク家も爵位はほどほどだが、立派な貴族だ。

 もしも彼女が貴族主義を助長して、彼ら、彼女らによる学園の統一や圧政を肯定するなら、いくらヒロインでも俺は納得しかねる――。


「――聖徒会30代会長、ジークリンデ・フィッツジェラルド・ハーケンベルクは、このトライスフィア魔導学園から貴族と平民の垣根をなくしてみせる!」


 ――そう言いかけて、俺は口を閉じた。


「「――え?」」


 俺だけじゃない。さっきまでジークリンデを応援する声が、ぴたりと止んだ。

 生徒や先生が一斉に沈黙して、完全な静寂が訪れるのを知っていたかのように、ジークリンデは最高の笑顔で言った。


「簡潔に言えば、『貴族主義(ノーブル・ワン)』を廃止するわ! そしてその是非を確かめるべく、来週、聖徒会会長緊急選挙を開催するわよ!」

「「ええぇーっ!?」」


 次の瞬間、驚愕の大絶叫が大講堂中に響いた。

 貴族主義の生徒や先生、ソフィー達だけじゃなく、ゲームの中じゃあ掠りもしなかった展開に、流石の俺も目を見開いて唖然とするしかない。


「ちょ、待、あの、ハーケンベルク君!? 我々もそんな話、まったく聞いて……」

「だって、聞けば必ず止めようとするでしょう? その態度がおかしいのよ、貴族の生徒にへこへこして、機嫌を取るような態度を先生が取るなんて!」


 ふん、と鼻を鳴らして、傍に立っていた先生の言い分を一蹴したジークリンデは、講壇(こうだん)を勢い良く叩いて声を上げる。


「トライスフィアに必要なのは、立場を無視して互いに強みを活かして高め合える関係性よ! 貴族は人を導く力を、平民は上を目指して突き進む力を! そのふたつが交差したなら、トライスフィアはどこにも負けない最高の学園になるわ!」


 彼女の輝く瞳に、疑いはない。

 彼女のどこまでも届く声に、迷いはない。


「だからこそ、貴族主義は邪魔にしかならないのよ! 力ではなく、親の権威を振りかざして、本来もっと伸びる才能の持ち主を潰すなんて、もったいないじゃない!」


 圧倒的なカリスマで、世間が否とすれば役職を下りる覚悟で、ジークリンデは学園に根付く貴族主義という巨木を引っこ抜く決断をしたんだ。

 それだけの情熱を見せつけられて、ほとんどの生徒や先生は反論をしなかったし、そもそもできるような空気でもなかった。


「――ふざけるなぁーっ!」


 ただ、一部の貴族主義らしい生徒だけは、喚き声をあげて壇上に突撃してきた。


「俺達『貴族主義』がトライスフィアを導くからこそ、今の学園があるんだ! 才能も権力もない平民が従うのは当然のこと、何も疑う必要はない!」

「聖徒会の会長として、同じ貴族として戯言を吐くなど、恥ずかしくないのか!」


 壇上で叫び散らす貴族のボンボンを、ジークリンデは冷たい目で見つめる。


「ふぅん? 実技試験じゃあ追試を受けたのに、随分と大きな口を叩くのね?」

「ぐっ、何で知って……!」

「だ、黙れ、黙れ! この貴族の恥さらしめぇっ!」


 自分から乗り込んできて追い詰められた挙句、とうとう連中は逆上してジークリンデに襲い掛かる。

 先生達も呆気に取られている中、俺が動くよりも先に、彼女の指が動いた。


「――氷魔法(ブリザード・マギ)等活の獄(だいいちじごく)・アブダ』」


 そして、魔法名を唱えた。

 ただそれだけで――奇襲を仕掛けた男子生徒が全員、凍り付いた。

 文字通り全身が氷のスタチューのようになった彼らは、ピクリとも動かず、壇上から離れたこっちまで感じるほどの冷気に呑み込まれたんだ。


「なっ……!?」


 俺は驚きと同時に、思い出した。

 あれこそがジークリンデ聖徒会会長のみに許された属性魔法、氷魔法。

 水と風の融合魔法で生成するエセの氷とはわけが違う、正真正銘(しょうしんしょうめい)、氷雪そのものを発生させる最強クラスの魔法だ。


「威力は抑えたから、半日ほど放っておけば氷は溶けると思うわ。その間、人の話を邪魔したことをたっぷり反省しておきなさい」


 仮にも貴族の生徒を氷漬けにしておきながら、ジークリンデは悪びれもせず、肩をすくめて意地悪っぽい笑みを浮かべるばかり。


「そもそも、私は貴族の役割を奪うなんて言ってないわよ。これまでのやり方が間違っているというだけ。それでも文句があるなら、ここで受け付けるけど?」


 生徒も先生も、俺ですら何も言わなかった。

 氷漬けにされる恐怖だけじゃない、圧倒的な会長としてのカリスマを前にしたからだ。


「選挙の詳細は、午後から中央広場に張り出しておくわ。我こそはと思う生徒は、貴族、平民問わず立候補してちょうだい! それじゃあ、チャオ~♪」


 にぱっと明るい笑顔を浮かべて、ひらひらと手を振りながら、ジークリンデは大講堂の裏口から外に出て行った。


「……ありゃ確かに『氷の暴君』だな、ははは」


 やり方はとんでもないけど、嫌いじゃないぜ、ああいうのは。

 生徒達の間にざわめきが戻ってきて、先生が慌てて氷漬けになった生徒を介抱するのを眺めながら、俺は小さく笑った。

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