ソフィーの追試
俺――ネイトがトライスフィアに来たのは、バッドエンドの未来を変えるため。
でも、生徒である以上は学業にも励まないといけない。
「……ソフィーのやつ、大丈夫かな」
訂正。
俺じゃなく、ソフィー・オライオンが学業にもっと真剣にならないといけない。
というのも、今は『上半期魔法試験』の真っただ中。
魔法の試験では、実技の他にも、魔法基礎知識を求められる筆記試験がある。
ソフィーは実技をあっさりパスしたけど、俺が忘れていた設定通り、見事に筆記試験を落としてしまったんだ。
それで追試を受ける羽目になって、数日間の猛勉強を経て、今に至るってわけだ。
「ご心配には及びません。追試が決まってから今朝まで、授業の時間以外、テレサとクラリス様でつきっきりの勉強会を実施いたしましたので」
「そ、それにしても……ソフィーさんが、追試と聞いた時は……驚きました……」
黒髪有能メイドのテレサともさもさオカルト元風紀委員のクラリス、ふたりの勉学パーフェクトヒロインの付き添いのおかげで、ソフィーの勉強ははかどった。
「俺だって忘れてたよ。試験もソフィーの設定も、ストーリーじゃ2、3行でさらっと流されてたからな」
「設定?」
「ストーリー……?」
「あー、いや、なんでもない」
頬を掻く俺の脳裏に、ソフィーの姿がよぎる。
『うわ~ん! テレサちゃんもクラリスちゃんも鬼だよ~っ!』
テレサとクラリスに挟まれ、パフに心配されながらひいひいとノートに向き合いつつ、5分に1回遊びに出かけようとするソフィーを机に向き合わせるのはかなり難儀した。
最終的に彼女をやる気にさせたのは、追試に落ちた時に待つ恐ろしい結末だ。
『ヤダヤダヤダ~っ! 夏休みボッシューなんて絶対ヤダ~っ!』
補講が夏休みの3割を費やして行われると知るや否や、ソフィーはやっと勉強した。
ただ、一度やると決めた時のあいつの集中力は大したもんだ。
「ソフィー様は、もとより頭が悪いわけではございません。やる気さえ出せれば、これくらいの試験は容易なのは間違いありませんし、実技の方は文句なしです」
「あ、あとは……本番で、どれくらい力を発揮できるか……ですね……」
「俺達にできることは待つだけか……おっと」
そんな話を教室の前でしていると、ドアが開いてソフィーとパフが出てきた。
俯いてどこかげんなりした様子に、俺達はまさか、と顔を見合わせる。
「ソフィー、結果はどうだった?」
恐る恐る聞いた俺の前で、ソフィーはぱっと顔を上げた。
「――合格だよ~っ♪」
『ぎゃおーんっ♪』
おまけに満面の笑みで、パフと一緒に俺に抱き着いてきた!
「うわぶっ!?」
星の瞳のブロンド美少女だけならどうにか受け止められるけども、人ほどの大きさがある白いドラゴンの重量は俺の何倍もあって、もみくちゃになるのは当然だ。
しかも揃って頬ずりしてくるんだから、その、胸部がぐにぐに当たって困ります。
「100点満点中100点だって! テレサちゃんとクラリスちゃんが勉強を教えてくれたおかげだよ、本当にありがとーっ!」
「じゃ、じゃああいつらにハグしろっての! ついでに、パフ、重たいぞ……!」
試験を高得点でパスしたのは嬉しい話だが、こっちは口から内臓が飛び出そうだ。
おまけにテレサとクラリスはこうなるのを予期してたのか、ちょっと距離を置いたところで見てやがる、あんにゃろーども。
「う……ソフィーさん、異性とあんなに密着するなんて……う、うらやま……じゃなくて、ハレンチですよ……!」
「羨ましいお気持ちは分かりますが、テレサにも真似はできません」
何やらぼそぼそと会話をするふたりの助けを諦めた俺は、どうにかパフとソフィーをどかして立ち上がった。
「げほげほ……まあ、無事に追試をパスしたのは良かったよ。これで、夏休み期間中に補講を受けなくて済むからな――」
これ以上ないくらい大きなため息を漏らした俺は、ふと窓の外に目をやった。
正門がある方角に向かって、生徒がどたどたと集まって走っていくんだ。
「……なんだ、ありゃ?」
今は昼休みだけど、ゲーム内で特に何か大きなイベントが起きた記憶はない。
というか、試験が終わったタイミングからゲームを進めていないから、何が起きるのかはさっぱり分からなくなってしまうんだけども。
「ふむ、どなたも正門の方に向かっておられます。ネイト様、何かのトラブルの可能性もございますし、テレサ達も様子を見に行くのがよろしいかと」
「……ま、まだ……風紀委員会も……あまり、機能をしていませんし……」
確かに風紀委員は例の事件からメンバーが大きく変わって、まだあたふたしてる。
どちらにせよ、何かしらのトラブルなら、ヴァリアントナイツの出番だ。
「そうだな。何が起きてるのかだけでも、確かめに行くか」
俺達は廊下を駆け出して、校舎から同じように走ってくる男子生徒のひとりをとっ捕まえて、正門に向かいながら話を聞くことにした。
「なあ、どうして皆が正門に向かってるんだ?」
「げっ、ゴールディング……痛でっ!」
露骨に嫌そうな顔をしたから、とりあえず頭突きを一発。
悪役貴族はリアクション次第では頭突きをしてくる、ここテストに出ますよ。
「そんな顔しなくてもいいだろ。何があったのか、教えてくれるだけでいいんだからよ」
「僕も又聞きなんだけど、あの聖徒会会長がやっとトライスフィアに帰ってきたんだってさ。ファンも多いし、僕みたいに一目見たい新入生がこうして向かってるんだ」
額を擦りながら涙目で答える男子生徒の話に、俺は目を丸くした。
「聖徒会会長……まさか、ジークリンデ・ハーケンベルクか!?」
「彼女以外に、誰がいるのさ! 僕は先に行くからね!」
どたどたと逃げるように走ってゆく生徒を見送りながらも、俺は驚きを隠せなかった。
だって、本来ならトライスフィアに入学したタイミングで出てくるはずだったメインヒロインのひとり、ジークリンデ・ハーケンベルクが帰ってきたんだからな。
しかも彼女は稀有な魔法の達人で超美人、おまけに温和な性格で超モテる。
ファンからの人気も高くて、バブみを感じてオギャるやつもいたくらいだ。
「なるほど、そりゃあ見に行かないと損だな!」
俺はそうじゃないけど、ヒロインを一目見たいと思うと、自然と足が速くなった。
だけど正門前に近づくほど人は多くなって、いよいよ騒ぎ声の中心部になると、ハリウッドスターの来日かって思うくらい、生徒や先生でごった返してた。
いくら会いたいといっても、この人の波を押しのけるパワーはない。
「うわ、とんでもない人ごみだな……いくら心優しくて人気者の聖徒会長だって言っても、ここまで集まるもんかね」
肩をすくめる俺の隣で、なぜかクラリス達が首を傾げた。
「……心優しい?」
どうやら引っかかってるのは、心優しい、ってところらしい。
そりゃあ、『フュージョンライズ・サーガ』で一番温和なキャラクターは誰かって聞かれれば、プレイヤーは全員ジークリンデだって答えるぜ。
「どうしたんだよ、クラリス。ジークリンデ聖徒会会長は見たことないけど、才色兼備で誰にでも柔和に接するって、人気の理由はそれだろ?」
ところが、今度はテレサが首を横に振った。
「いえ、違います。ネイト様、テレサの調べたところによりますと――」
何が違うのか、と俺は聞こうとした。
でも、その必要はなかった。
「――生徒諸君、待たせたわね! 稀代の天才が、トライスフィアに帰還したわーっ!」
モーセの十戒の如く生徒の波を割って、明るい声と共に、彼女が出てきたからだ。
「あれが……ジークリンデ!?」
その見た目は、俺が知るジークリンデ・ハーケンベルクとはまるで違う。
俺より高い背丈と胸部のスイカ2個、抜群のスタイルはそのままに、藍色のメッシュが入った腰よりも長い銀のロングヘアーとスカイブルーの吊り目。
色や髪型は同じなのに、特徴や雰囲気は別人としか思えない。
ロングブーツを履き、制服の上から真紅のマントを羽織るさまは、聖徒会会長というよりはどこかの国の女王様と言った方がしっくりくる。
クラリスのようなキャラの変化に呆然とする俺の隣で、テレサが言った。
「唯我独尊にして自由奔放。彼女の異名は『氷の暴君』です」
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