貴族が地獄に落ちる時
翌日から、生徒達は登校を再開した。
表向きには研究室から特殊な魔導実験ガスが漏れたからって理由が伝えられて、生徒は皆それを信じて、「除染ができたから安心だ」なんて話し合いながら授業に出てる。
ただし、朝から授業に出られず、風紀委員会室に呼び出された生徒もいる。
「――で、君達はどうしてここに呼ばれたか、理解できているのか?」
誰かっていうと、俺達ヴァリアントナイツとクラリスだ。
ついでに、なぜか慌てた様子のマッコール先生も。
そんな俺達とテーブルを挟んで向かい合っているのは、風紀委員会会長のマライアと書記のパスカル、高慢ちきな先生が数人。
そいつらに守られるように、椅子にふんぞり返ってるジョン。
原形が分からないほどバカみたいに腫れ上がった顔と、両手足にぐるぐる巻きにされた包帯のせいで、えばってるけどマヌケにしか見えないな。
さて、質問された俺が首を横に振ると、先生達の表情が豹変した。
「いいか、お前達はロックウッド君と彼の友人達に暴行を働いた! それどころか、事態を解決しようとした風紀委員にすら危害を及ぼしたんだ!」
「本来なら退学を飛び越えて、聖騎士団直轄の騎士に引き渡してもおかしくないほどの蛮行なんだぞ! それをこのジョン君と、マライア委員長が特別に許すといっているんだから、もうちょっと感謝したらどうなんだ!」
要するに、昨日クラリスを始末しようとしたのを邪魔された仕返しだな。
揃いも揃って、トライスフィアの先生が腐りきってて、生徒としては涙が出るぜ。
「先生も、すっかりあの人のドレーなんだね」
『ぎゃぎゃう』
わざとらしくひそひそ話をするソフィーとパフ。
「よ、よさないか!」
ジョンがこっそりクラリスを始末しようとしたのも、ケイオスによる事件も知らない様子のマッコール先生は、暑苦しさも吹き飛んだ調子で俺達と先生の間に割って入った。
全てを話すわけにはいかないけれど、これだけ必死だとちょっと申し訳なくなるな。
「皆さん、彼らもしっかり反省しています! 自分がしっかりと青春の情熱を込めた説教をしておきますから、どうにか温情ある処遇を……」
「マッコール先生は口を挟まないでいただきたい!」
「うっ……!」
他の先生に一喝されると、マッコール先生は反論できない。
「安心してください、貴方が何もせずとも、我々が穏便に済ませますよ。もっとも、余計な口出しをせずにこの教室から立ち去ってくれれば、ですがね」
邪魔だから立ち去れ、と暗に言われて、反撃のすべを失い肩を落とすマッコール先生にできることはひとつしかない。
「……この子達は未来ある若者です……どうか、どうかお願いします!」
これ以上相手の感情を逆なでする前に、教室を出て行くだけだ。
「すまん、ゴールディング、皆……!」
最後まで俺達の方を申し訳なさそうに見つめながら、先生は扉の外に姿を消した。
漫画やアニメの中の熱血教師なら、明らかに高圧的な態度を取る連中をボコボコにしてしまうんだろうけど、あの人はそこまで直情的じゃない。
むしろ俺達を心配しているからこそ、相手に従ったんだ。
どうしようもない先生揃いのトライスフィアの中じゃ、暑苦しいけど生徒のことを考えてくれて、生徒の安全を第一に想うあの人は、やっぱりダントツで信頼できるよ。
「トライスフィアの先生が、みーんなマッコール先生だったらいいのにねっ」
「俺もそう思うよ、ソフィー」
さて、信頼できない連中はそろそろ、我慢の限界みたいだ。
「……本題に入ろうか。君達は俺の友人を傷つけて、俺にここまでの大怪我を負わせた。怪物が襲ってきたように見せかけるなんて、随分と大袈裟な芝居を打ったものだよ」
以前と違って、いきなり本題に入るジョンは、余裕がないのが丸分かりだ。
口の端まで包帯を巻いているせいか、時折ほひほひと妙な声が漏れてるせいで、どうしようもなくおかしなさまだけどな。
「そもそも、あの時学校にいた君達以外に、俺を襲えるやつはいないと考えるのが普通だ。じきに証拠も出てくるだろうね。特にブレイディは、俺に恨みを持っていたし、同機は十分あるだろう?」
「まったく! 風紀委員が風紀を乱すどころか、こんなことをしでかすなんて、我々の恥にもつながるとは考えなかったのですか!」
ジョンのめちゃくちゃな推理に便乗して、マライア委員長が怒鳴り散らす。
「……」
「……」
「先ほども言いましたが、先生や皆さんの温情で、騎士団には引き渡しません! ですが覚悟してください、退学は必至、学園の施設破壊に伴う弁償も――」
俺達が無言を貫くのをいいことに、委員長は言いたい放題だ。
こいつらはちっとも気づいちゃいない。
俺達がもう勝ってるのにも気づかない、邪魔者を排除した安泰な未来しか予想できない、浅い想像力のバカさ加減に――。
「……くくっ」
俺は思わず、笑ってしまった。
ここまで追いつめられているように見える俺が不愉快なのか、ジョンの目が細くなった。
「ゴールディング? 今、笑ったのかい?」
いや、こんなもん、笑わずに耐えられるわけがない。
「……はは、あーっははははは!」
とうとう俺は、声を抑えずに大爆笑した。
ヴァリアントナイツの面々もクラリスも、俺の大笑いを止めようとしない。
なぜなら彼女達も、こっちが大勝利すると知ってるからだ――しかも、目の前にいる大悪党全員が、地獄に叩き落とされると分かってるからな。
「ああ、笑ったよ、笑えるね! お前らみたいなどうしようもねえクソ野郎どもが、クラリスの足元にも及ばねえ連中がデカいツラしてるのが、もうおかしくってな!」
「言葉には気を付けた方がいい。君達への罰は、俺のさじ加減一つで決まるんだよ」
ちっとも委縮しない俺を見て、ジョンの怒りはもはや爆発寸前だ。
「今ならまだ許してあげるから、ゴールディングは俺の靴を舐めろ。そこの牝共は服を脱いで、できるだけ下品に踊れ。貴族に逆らった自分の間抜けさを後悔しながらな」
この期に及んで、まだくだらない命令で自尊心を満たそうとするんだから、こいつはとことん自分が負ける未来を想像できない環境で育ってきたんだな。
ついでに金で買われた他のやつらも、裸で踊れなんて言い分を咎めず、小声で「早くやれ」「貴族を怒らせるな」なんて言うんだから、救いようがない。
そもそも、俺もソフィーも貴族なんだぜ。
なのにジョンだけを庇うってのは、やっぱり金を積まれてるからに違いないな。
「普通に断る」
「お断りします」
「べーっ、だ!」
「……絶対に嫌です」
すっかり笑った俺は、仲間と一緒に口を尖らせて、白い髪を掻いて命令を拒んだ。
「お前ら、揃いも揃ってどうしようもない大マヌケなんだな? 貴族とぶつかるって知った俺が、何の対策もしなかったと思ってるのか? おとといからテレサにこっそりと動いてもらった理由に、まるで気づいてないのか?」
「……?」
おっと、ジョンの顔に焦りが浮かび始めたぞ。
ジョンだけじゃない、先生や風紀委員のふたりも、何かおかしいと気づき始めたみたいだ。
だが残念、もう手遅れだぜ。
「な、なにを言っているんだ、ゴールディング!」
「ただでさえ罪を背負っているのに、まだ罪を重ねるつもりですか!」
罪だ何だって喚き散らすマライア委員長だけど、本物の罪ってもんを知らねえよな。
「ほうほう、罪、罪ねえ。その罪ってのは例えば――」
だったら、教えてやるよ。
テレサが集めてきてくれた本物の罪ってのを、俺は言ってやった。
「――ジョンの実家が、ハンティング用の魔物を違法に育ててるとか?」
「えっ」
にやりと笑った俺の顔を見て、ジョンの顔から汗が噴き出した。
「ああ、ついでにその証拠を完全に抑えて、俺の兄、ドミニク・ゴールディングが聖騎士団に報告済みだってのも、お前らからすれば罪、ってやつかな?」
そう。
俺がテレサに頼んだのは、こいつら全員の秘密を探ることだ。
しかも人前に出せないような――最低最悪の秘密をな!
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